神殿行きの提案
私が身を呈して場を温めた甲斐もあり、唯ちゃんの処遇はスムーズに決まった。
「望まれるのであれば、我が家で受け入れることは可能です。ただ貴族家の一員としては、女神の化身であられるリンゼ様に加え、その親にもあたるヒナガタ様という二柱の神々を共に一家で囲うというのは、無用な問題を引き起こしかねない懸念もありまして……。正直なところを申しますと、お二人には神殿で暮らして貰う方が良いのではないかと考えています」
「神殿って……」
しかしお母様が下した判決は、私の想定とは大きく違う。到底受け入れられない類いのものだった。
唯ちゃんを家に住まわせる話が承認されたと思ったら、次の瞬間には何故か話の方向性がリンゼちゃん共々家から追い出す方向へとシフトしていた。いきなり過ぎて、意味がわからないにも程がある。
この世界の常識に疎い、年端もいかない美少女二人に二人だけでの暮らしを強要する? 鬼畜すぎるにも程があるでしょ。
お母様がいつも私に厳しいのは愛ゆえのことだと思っていたが、どうやら私はお母様のことを誤解していたようだ。
……と、今までの私なら思っていただろうね。
数分前の出来事すら反省できない私ではない。
怒りゲージがぐんぐーんと上がっちゃったのは事実だけども、これ以上勘違いで怒ったりなんかしたら、唯ちゃんから本格的に姉とは思われなくなっちゃうかもしれない。大人な女性は感情のままにピーチクパーチク吠えたりはしない。いつだって余裕ある態度を崩さないのが、素敵で理想的な大人に思われる為の第一歩なのです。
……まあ、既に大分失態重ねてるし、頼りがいのある姉と思われてないどころか「これが私の姉……」と失望されてるかもしれないけど。
唯ちゃんの口から言われなきゃ確定じゃない! まだギリギリセーフかもしれないもんね!!
だから、まずは落ち着いて。事実確認から始めよう。
まず一点。お母様が二人を追い出したいわけじゃない。
お母様の言う通り、たかだか子爵家に過ぎない我が家に女神が二人もいることがそもそもおかしい。聖女たる私が属するとはいえ、事は多分、私が思っているよりも余程重大なのだろう。
……いや、それ言い出したらリンゼちゃんがメイドやってる時点で大分色々とおかしいけどね。
お母様は王様に報告とかしなくちゃいけない立場だから、「今朝起きたら女神様が増えていたので、家でまとめて面倒見ます」「おっけーよろしくー」と簡単に済んだりはしないんだろう。国の偉い人達が集まって「なんでメルクリス家にばかり女神が?」みたいな会話とかするのかもしれない。下手に我が家が聖地認定とかされちゃう前に、神殿を聖地に誘導する為と考えればお母様の提案はそう悪いものでもないのかもしれない。
神殿に神様がいること自体はおかしなことでもないのだから、要は二人のお世話係がいれば問題は解決するんだ。我が家の貴重な美幼女成分が激減するけど、こればかりは仕方がない。かわいい子のことが大々大好きのメイドの皆様方には、見た目が美幼女な私一人でどうか我慢してもらおう。
……でもなー。こちらの事情で追い出す事に変わりはないし、唯ちゃんのお姉ちゃんとしてこれからめくるめく日々を送ることを期待してた私としては、やはり素直に頷けないところがあるんだよなー。
神様神様〜って崇めるのは簡単だけど、唯ちゃん達にだって生活が……あれ?
そこまで考えていて気がついた。
リンゼちゃんと唯ちゃんは、お母様からしてみれば二人とも神様であることに違いはないんだろうけど、両者には決定的な違いがある。人と同じ生活は送れないかもしれない。
リンゼちゃんは受肉してるからともかく、唯ちゃんって生活は……。
お菓子は普通に食べてたけど、私があげるまではずっと飲まず食わずでやってきてた……んだよ、ね? ……トイレとかも無いしね??
…………ひょっとして唯ちゃんって、人としての生命活動が必要なかったりするんだろうか。
そういえば、近づいても体臭とかしなかったような……いやいや、ヨルと同じように身体が魔力できてるなら、むしろ無くて当然なんだけど……。
なんだか頭が混乱してきた。
それってつまり、私も魔力操作をマスターすれば、唯ちゃんみたいな美少女を好きに量産できるってことなんだろうか。それってちょっとヤバくないですか。倫理とか道徳とか、許されるものなんですかね。どーなんでしょう。
魔力ってスゴいなー……と、その万能さに改めて感嘆していた私の耳に、現実世界で続いていたお母様の言葉が届いた。
「……他人事のような顔をしていますが、ソフィア。貴女も行くんですよ。貴女が行かないとアリシアだって動かないんですから」
「えっ私も? っていうかお姉様も? え?」
え? どゆこと?? ソフィアちゃん何も聞いてないよ??
全身鎧人形を魔力で増産できるなら、原理的にはヨルや唯ちゃんのコピーだって量産可能。
ソフィアはまたろくでもない知見を得た。




