どうも、私がアホな娘です
お母様に「落ち着きなさい」と諭された私は、楽しそうに微笑む唯ちゃんの姿を見て、ようやく己の勘違いを悟った。
賢い私は理解している。
唯ちゃんみたいな善良な人間は、貶した相手が慌てふためく様を見て愉悦に浸ったりなんかしないのだと。
つまり、唯ちゃんは私を貶していない。
事実はどうあれ、唯ちゃんにその自覚がないのだけは確かだった。
まー、考えてみれば唯ちゃんは見た目だけが幼い私と違って正真正銘の小学生なわけだし? 難しい言葉を間違った意味で使っちゃうことだってあるあるだよね。
子供ってほら。よく大人の真似をして、テレビで聞いただけの言葉とか使ったりするじゃん。多分あれと似たようなものじゃないかと思うんだよね。
私だって高校生になるまで「台風一過」のことを「台風一家」だと思い込んでいたし、これ系の勘違いは間違いを指摘してくれる人間がいないといつまでも勘違いしたままになっちゃうことも理解している。だから、私が殊更に悲しむ必要なんてどこにもないんだ。
――ただ、私は忘れない。私が台風一過を間違って覚える原因となった、あの人のことを。
「今年の台風は大家族ねー」と、何食わぬ顔で私を欺き続けた、あの母の姿を!!!
真実を知った日。どれほど怒りを露わにしても「可愛いじゃない、台風一家」と全く悪びれもせずに言ってのけたあの面の皮。どうしてくれよう。
流石は化粧をしないと顔面を世間様に晒せない年寄り肌。面の皮が厚すぎて塗り壁かと思ったと罵倒したら、「お化粧はエチケットなのよ、小娘」とか言われてぎゃいぎゃいやり合う羽目になったのも、今では懐かしい思い出だ。
あの時、母はキレる私を「調べればすぐ分かったことでしょ」と正論でやりこめたので有耶無耶になったが、アホ丸出しで「台風一家」を信じ続けた私のことを、内心ではどのような気持ちで見守り続けていたのだろうか。絶対「私の娘って馬鹿だなぁ」と思ってたでしょこのやろうと今の今まで信じて疑ってもいなかったが、誤用に気付かず笑顔を浮かべる唯ちゃんの姿を見て、私は新たな可能性に気づいた。
……穏やかな気持ちで、間抜けな子供を見守る。
それって多分「アホ可愛い」って感情じゃないかと思うんだ。
何度でも言うが、私はバカが嫌いだ。でも少しぬけてるくらいの子は可愛いと思う。
つまり……結局唯ちゃんは賢くて可愛くてちょっぴりぬけてて、それで外見レベルが激高なので、どんなおイタをしたって許してあげたくなっちゃう! ってことですかね。
結局顔よ、顔。顔面偏差値。
人は誰だってね、美人さんに弱いの。
格好良いのと可愛いのと美人さん。そのどれかに生まれただけで、人生の難易度は相当変わるよ。実際に変わった私が断言しちゃう。
自分の容姿に自信が持てるというのは、それはもう、とてもとても大切なことで。
元の世界にいた頃の私が卑屈っぽくて性格がトゲトゲしてたのだって、要は自分に自信がないから余裕もなくて、諸々の不安から身を守る為に周りに対して攻撃的になっていたんだと今なら分かるね!
その証拠に、敵の少ないこの世界では、私はとても自由にのびのびと暮らしております。
たまにお母様が「それ以上伸びないように」と言わんばかりにお説教とかしてきますけど、雑草って踏まれると伸びちゃうんですよね。逆効果なの。
家族も他人も関係なく、誰もが無条件に甘やかしてくるドロ甘の世界で、お母様だけが素の私を見てくれる。良いことは良い、悪いことは悪いと、正しく評価をしてくれる。
やりすぎた時にはお母様が適度に叱ってくれるからこそ、私は今でも元気いっぱいに無茶ができるのだ。
要はお母様がよく叱る私の奔放さはお母様自身が育ててたってことだね。
この事実を、お母様は知らない。
私も伝えるつもりは無い。
――だから、お母様が私を残念な子扱いするのはいつもの事。ある意味では当たり前の事だと思っていたのに。
「天荒を破る。つまり、前人未到の領域を広げるような人のことを『破天荒』と呼ぶんです」
「まるでソフィアの為にあるような言葉ですが……。ではソフィアは何故、その言葉を聞いて現実逃避をしているのでしょう?」
「……あまり女の子の褒め言葉としては使わないから、でしょうか……?」
私が悲しみを乗り越えるために自分の世界へと篭っていた僅かな時間に、唯ちゃんによる、実にそれっぽい「破天荒」の説明が為されていた。……為されて、しまっていた。
いやんお母様ったら。そんなに私のことを見つめないで?
あんまり熱い視線で見詰められると、恥ずかしさで蒸発してしまいたくなっちゃうわ。
私は唯ちゃんの方を誤用だと判断したが、ここにきて、真実は逆であった可能性が浮上してきた。
……いや、可能性なんて生優しい話ではない。十中八九唯ちゃんが正しい。
だって私は、破天荒の語源なんか知らない。唯ちゃんの話を聞いたって「天荒ってなんだ?」とか思ってるレベルなのだ。
……アホの子は自分でした。
私こそがクイーンオブアホの子でしたァ! 唯ちゃんバカにしてごめんね!! バカなのはお姉ちゃんの方だったよー!!!
「…………あの、これって」
「気にしないで。この子時々こんな風になるのよ」
二人が何か言っているのも、ろくに耳に入らない。
おおお、バカも大バカ、マジで馬鹿じゃん!
何が「少しぬけてるくらいの方が〜」だよ! そういう自分は抜け過ぎてて目も当てられないよ!!?
ううっ、ううぅ〜! もうやだぁ。恥ずかしすぎる、こんなのってないよ!
私、これからは慎ましく生きていくと誓いますんで、どうかさっきまでの愚かすぎる勘違いは全て無かったことになど……なってくれたりはいたしませんかね……?
その誓い、明日になったら忘れてそうですよね。




