弄ばれた元の肉体
――ああ、ムシャクシャする。この施設に時限式の爆破魔法でも仕掛けてやろうか。
念願の元の世界への渡航を果たし、探検気分で周囲の探索を行っていた私は、そこで裸に剥かれた自分の身体を発見して憤慨していた。
つーか何コレ。生きてんの? 死んでるの?
探査魔法の反応によれば、心臓は確かな鼓動を刻んでいる。口元を覆ってるカバーも酸素を供給するものだろうし、だとしたらまだ生きてはいるんだろうけど、じゃあなんで生かした状態でこんなとこに隠されてるのかって疑問が出てくる。
可能性そのいち。非合法な人体実験用モルモット。
可能性そのに。……陵辱目的。
「……チッ!」
最悪な想像に引き出された恐怖を怒りの感情で塗り潰す。
親切な研究者が死にゆく私を偶然保護して、ここに安置して意識が戻るのを待っている……なんて可能性は、まあないだろうな……。
とりあえず《探査》を再発動。
今度は確かめる部分を限定して、より詳細に……具体的には、その……まだちゃんと乙女か、とかね?
あと耳。耳もちゃんとついてるか……って、それはまあ見れば分かるけど。
この部屋の中で他に耳が関係ありそうなものって無いし、一応ね。
――魔法での検分による結論として、身体に陵辱された形跡は見受けられなかった。
その事実だけでかなり心労が減った。身体に無意識に入っていた力が全部ふわっと抜けた気分。
だが、良かった点はそれだけだ。逆にパーツ単位では結構色々と採取されたっぽい様子が窺える。その採取の仕方が、また雑なことでね。
特に耳。何故か右耳にピアス穴とか空いてるんですけど、私耳に針ぶっすーとかした記憶ないんですよね。あの「耳」って書いてあったの絶対これだろ。
あと左手の小指の爪だけが他よりも明らかに短かったり、髪の房の一部分がかなーり雑に切り取られてたりとかさ……完全に材料扱いだよねこれ。ああ、またイライラが復活してきた……!
とりあえず復元できるか試そうかな、と思っていると、控え目に服の裾が引かれる感触。
やっべ。唯ちゃんがいるの完全に頭から抜け落ちてたわ。
「どうしたの唯ちゃん」
「その人……ソフィアの元の体なの?」
「うん、そうだよ」
だから私は今こんなにも怒っているわけで。
もしここに囚われていたのが見ず知らずの人だったなら、申し訳ないけど、私がここまでの怒りを覚えていたかは正直…………。
……まあ、この程度の容姿だったら、無いかな。
これが唯ちゃんレベルの美少女だったら、恩を売り付けてお近づきになりたいとか、こんな美少女を拐って独り占めとかふざけんなカスとか思うだろうけど。私の身体はほら。肉付きは多少女っぽいかもだけど顔もキツめだし。性格なんて、助けたお礼請求した瞬間に「アンタも一味なんじゃないの?」とか見下した目で吐き捨てること請け合いの劣悪さだからね。
とはいえ、こうして静かに眠ってる分には、それなりに大人しめな女の子に見えないこともないけど。
…………こうして改めて見ると、やっぱり私とお母さんってかなり似てるんだな。
今この瞬間に目を覚ましたら「うわっ、美少女が二人もいる!!」とか言い出しそうなイメージとか、完全にあの人の寝起きの姿に引っばられてるでしょ。道行く美少女を見かける度に「うわ、あの子いい匂いしそう」「汗の染み込んだ服とか売るだけで生活できそうよね」なんて会話を交わす母娘は、世界広しと言えどそう多くはいるまい。
……肉体修復のついでに、顔もちょっぴり整形しとくか? よく見たら美少女レベルの顔面に補正しちゃう? しちゃおっか??
幸い今の私には、それを成せるだけの手段がある。
どのように直せば最も違和感なく、かつ確実に「あれちょっと美人になった?」感が出せるかな。そういえば髪の毛の質とかも、あの頃にはよく悩んでいたような――などと考えつつ、より近くで、もっとよく観察しようと近付くと。
「その体に戻るの?」
唯ちゃんの言葉で、踏み出した足がぴたりと止まった。
……戻る? この、身体に?
全世界のロリコン共の希望と理想を体現したかのような魅力しかない、このパーフェクトにプリティーな銀髪美幼女である今の肉体を捨てて? この何の変哲もない日本人高校生Aの身体に??
……………………。
…………………………………………正直、無い、かな……?
いや違うの。聞いて。私だって色々と考えたの。
ソフィアの身体にはソフィアの魂が入るのが適切だーとか、そもそもこの身体は既に私のモノとして使っていい許可を得ているとか色々考えたの。元の身体にだって軽く見ただけじゃ分からない致命的な実験をされてる可能性もゼロじゃないしね?
それにほら。なに。この世界での私は一度死んだわけじゃん。コンビニって防犯カメラあるじゃん。死体が蘇って学校なんて通いだしたらどうなると思う? 平穏な生活なんておさらばですよ。
あだ名も新しく「ゾンビ」とか名付けられちゃったりしてさ。
クラス中どころか学院中……じゃなくて学校中から「あ、ゾンビが歩いてる」とか「ねーソンビって何食べるの?」とか揶揄われたりするんでしょ。そんなん面倒くさすぎて不登校になるわ! 社会不適合者まっしぐらだわ!!
そう考えると、私が今の肉体を捨てて元の肉体を選ぶ未来は思い浮かばなかった。
「……戻らない、かな」
苦渋を舐めさせられたような気分になりながら返答すると、唯ちゃんは驚いたように目を丸くして、不思議そうに聞き返してきた。
「なんで?」
なんでって、それは――。
女として弄ばれなかった安心と、弄ぶほどの価値も無かったかという少しの悔しさ。
全ての感情は怒りの燃料に焚べられました。




