怪しすぎる研究所
唯ちゃんの不安要素を取り除いた私達は、改めて周辺の探索に取り掛かった。
初めに見た時は理科室のような印象を受けたけれど、よくよく見れば相違点も多い。まずこの部屋には窓がないし、何よりあれ。あの薄気味の悪い骨格標本とか人体模型とかが無いのが素晴らしい。
部屋には流し台のくっついた机と、その上には液体の入ったビーカー、そこから伸びたコードが小さな時計みたいな計器にくっついている。
計器のメモリは……A? アンペア? アンペアってなんだっけ? ……電圧はワットだったかな? まあ電気関係の何かだよね。
三つ並んだ同じような計器も、みーんな数字のメモリとAの単位表記。液体の電気を測っている……のかな? ……え? この液体、なにもしなくても電気とか起こるの?? 電気クラゲならぬ電気水みたいな??
興味はあるけど、謎の液体に指突っ込んで変なことになっても嫌だ。今は他の場所を優先しよう。
次に目に入るのは、やっぱり壁際。壁の棚にはまんま理科の実験で使ったような試験管やらビーカーやらがズラリと並んでいる。容器の中には、これまた色付いた液体と、それを測る計器がセットで置かれている。……ここは電気水の研究所なのかな?
あ、でもこっちの容器には付箋が貼ってあるな。付箋によると、中身は……「耳」。
…………耳なんて入ってないよ??
え、やだなに。こわい。ここって実は怖いところ? あの容器には元々耳が入っていて、今は溶けて消えちゃったとかそーゆーこと? バイオテロの研究所か何かだったりするのかな!!?
うっわこわぁ。誰かに見つからないうちにさっさと脱出した方がいい気がしてきた。
魔法が使えるうちは負ける気しないけど、唯ちゃんの時みたいに魔法を封じられたら、私達ってば可憐でか弱い格好の獲物になっちゃうからね。牙のあるうちに逃げ道は確保しとかないと。
そう判断した私は、未だに溢れ続けている唯ちゃんの魔力を一部拝借して退路を確保。白い空間へと繋がる闇が勝手に閉じないよう、筒状の魔力で補強した。
ついでにアイテムボックスを確認。
……うん、こちらも問題なく使えそうだね。
なお、探索の開始からここまでの間。唯ちゃんと私の手は以前繋がれたままの状態である。
唯ちゃんから垂れ流される魔力を変換するのに距離が近い方が都合がいいって理由ももちろん大きいんだけどね。何気に一番の理由が、唯ちゃんが何をするか分からない不安だったりするんだ、これが。
唯ちゃんはあの白い空間に閉じ込められてた。
見渡す限り白い色しか存在しない、あの気が狂いそうになる空間に。
風景とか小物とか、好き勝手に切り替えることはできるみたいだけど、自室を写しても椅子にも座れない。食べ物を出せても食べることはできない。
あの白い空間すら出すことは少なく、基本的には私が攻撃した宇宙の壁の一部として、常に眠ったように過ごしていたとか。
変化のない世界。
人の心を必要としない、永遠に続く無の世界。
そこに私が現れて、あれよあれよと檻を壊して解き放った。退屈な世界を飛び出して、一緒に唯ちゃんの幸せを見つけに行こうと手を取った。
多分だけど、唯ちゃんもうちのリンゼちゃんみたく表情筋が死んでるだけで、これ内心ではとんでもなく喜んでるんじゃないかと思うんだよね。いや、未だに感情が麻痺してるって方が正しいかな。
少なくとも、こうして手を握っているとなんとなくフワフワしてる感情が伝わってくる。手を離したら、風船見たくふらっと何処かに行ってしまうんじゃないかと心配になる程度には。
……この手のかかる妹感。結構いいかも。
「そうだ、明かり灯すね」
ぐふぐふしてたら電気すら点けていないことに気がついた。
まあ二人とも光なんてなくても周辺の把握はできるんだけど……ほら。明るいとこで見た方が唯ちゃんの顔がかわいく見えると言うか。ねぇ。分かるでしょ。
《光球》の魔法を使う前に念の為、骨格標本的驚かしグッズが近くに存在しないことをもう一度だけ《探査》の魔法で確認して……と魔力を伸ばしたらまさかのヒット。人体に相当する形のものが部屋の片隅に隠されていた。やっぱりかこのやろう!!!
反応のあった方向を警戒しながら光を生み出す。
光球に照らされて浮かび上がったのは、部屋の隅の一角が黒い布によって覆い隠されている姿だった。
……あやしい。見るからに怪しい。
とはいえ、布で隠された向こう側に存在するものは既に把握している。魔法的手段であれば、このくらいの障害は何とも……ってちょっと待った。
簡易的な探査によって形だけ把握したものを、対象範囲を更に絞ることによって、まるで実際にこの目で見たかのような映像として把握できる私の魔法。今まで散々悪用……じゃなくて活用してきたこの魔法が、遂に誤作動を起こしたかと疑いたくなる衝撃の映像。
……魔力での感知に間違いはない。知ってはいるけど……。
どうか何かの間違いであってくれと祈りながら取り払った黒い布の下からは、大きなガラスの筒に入れられた、高校生くらいの女の子の姿が――
「やっぱり私じゃんコレぇ!!? っていうかなんで裸で!!?!」
――この世界で生きていた頃の私の身体が、そこにあった。
いや裸だって知ってたけど! 魔法で感知してたから知ってたけどね!!? 知ってたからって許せるかボケェ!!!
犯人見つけたら絶対コロスッ!! ふざけんなよクソがッッッ!!!
夢うつつ気分で周囲を見回していた唯ちゃんさんもソフィアの叫び声には驚いたご様子。
急に大声出す人って怖いよね。




