記憶の在り処
――最初から分かっていたことだ。
時を止める魔法が特別な魔法だということくらい、私だって理解している。魔力を媒介にして世界に影響を与える他の魔法とは違って、時を操る魔法は考えるだけ無駄とも思える謎原理で不可能を可能にしている。考察など無意味なのかもしれない。
そもそも唯ちゃんの状態からして意味不明だ。なんだ「中途半端に覚えてる」って。
私の《時間遡行》は過去に戻ってやり直す魔法だ。
意識としては「今の私」が「過去の私」に成り代わるのに近いが、使用方法が転移の時と同じせいか「世界を巻き戻した」というよりは「過去の世界へ移動した」という感覚の方が近い。当然、私以外に未来の記憶を持ってる人など皆無だった。
当たり前だよね。だってその時には未だ起きていない出来事なんだから。普通に考えて知ってる方がおかしい。未来の事象を見てきたかのように話せるなんてどっかにいるらしい予言者さんくらいのものだろう。
……ではなぜ、唯ちゃんが微かにとはいえ、私と話した記憶を残していたのか。
その鍵は魔力にあるのではないかと私は睨んでいる。
まず、前提。
魔力は魔法を発動するのに必要なエネルギーであるのと同時に、魂を構成する唯一無二の情報でもある。
原理は知らないけど特定の魔力はその配列パターンによって魂と呼ばれるものを内包していて、驚くべきことに、魂にはなんと記憶や知識、人格がある。魔力自体が固有の情報を保持しているということだ。
これに関しては私の存在やアネットの中にいるソフィアの魂が証明している。
記憶というものが脳という肉体の一部でしか保持出来ないのであれば、私が「前世を覚えている」というのは妄言でなければおかしい。それに加えて、ソフィアの魂は私の肉体で知識を蓄積し、その記憶を保持したままアネットという別人の肉体に移動したという実例まである。これは明らかに「魂こそが記憶を保持する要因である」という証明に他ならないだろう。
つまり、記憶とは魔力。魔力こそが人の記憶だという仮説が成り立つのだ。
そしてこの空間には、異常な濃度の魔力が存在している。
それこそ、世界中の魔力を集めて凝縮したような……世界中の記憶を一点に集約したかのような、濃密な魔力が。
前回唯ちゃんと話した時、唯ちゃんはこの場所から動けないと言っていたにも関わらず、この世界に暮らす人々の常識をある程度理解していた。それはここに集まっている膨大な魔力から得た知識なのではないだろうかと、私は推測したわけだ。
「唯ちゃん。少し確認したいんだけど」
口に出してからふと思った。
――確認とは。私は何をどう確認するつもりなのだろうか。
唯ちゃんが魔力から記憶を吸い出しているかの確認? それとも、魔力が記憶を保持しているかの確認だろうか。
考えた末に私が導き出した結論は、とても単純なものだった。
「唯ちゃんってこの世界で起きてる事をよく知ってるよね。それってどうやって知ってるの? ヨルみたいに分身送り込んでるわけじゃないんだよね?」
――とりあえず疑問に感じたことは全部聞いとこっと。
私が求めているのは真実ではなく、結果。
唯ちゃんと心置き無く話せる環境を構築するためにこそ頑張っているのである。知的好奇心はあくまでついでなのです!
「どうやってと言われると難しいんですけど……気が付いたら知っているというのが一番近いかもしれません」
そして期待してない時ほど良い結果が得られるというのも、私の経験上、よく見られる光景なのが悲しいところ。
自信満々でドヤってると大抵ハシゴ外されるのにね。警戒してる時に限って一足飛びで大当たり引くの何なんだろうね。大喜びするタイミングが掴めなくなっちゃうよね。喜びは素直に受け止めたい派なんだけどなぁ。
とりあえず、息をするように魔法を使ってた唯ちゃんが息をするように知識を得ていたというのならば、私の推測は大体合っていたとみて問題は無いだろう。唯ちゃんは無意識下でこの場所に集まった魔力から知識を吸収していた。その可能性は高いと言える。
流石は私! 賢くて可愛くてお兄様に溺愛されるパーフェクトな私!!
近頃は思い込みだか勘違いだかで醜態を晒す場面もあったけれど、基本的に私の頭脳は優秀なのですよ! 頭が良くて賢いの!! 才色兼備のご令嬢なの!
だからなんというか、久々に自分の推測がドンピシャリと当たってそうなのが存外嬉しい。
根拠に基づいた思索を進めれば順当な結果が得られるのは本来なら当然のはずなのにね。私が単なるお調子者のアホの子みたいに見えかねない状況になってるのは甚だ遺憾というか、この世界なんか狂ってるんじゃないかと思うね。
それともあれかな。天は二物を与えずとかいうやつかな。
裕福な生まれと隔絶した愛嬌と、至高の兄と素敵な姉とか諸々素敵な人生が与えられた代償に、幸運値がちょっぴり目減りしてるみたいな。完璧超人にも欠点がひとつくらいあった方が親しみ湧くしね。本当にひとつだったら良かったんだけどね。
実妹様の胸元に観測できる僅かな膨らみから目を逸らし。私は唯ちゃんに、一つの提案をすることにした。
「それ、多分無意識で魔法使ってると思うんだよね。試しに意識して魔力吸収してみない?」
自らの意志で感情豊かに振る舞うソフィアではあるが、間抜けな姿は必ずしも望んで晒しているわけでは無かったらしい。
つまりは素。
彼女は素の状態で間抜けなのだが……本人的に、その事実は未だ受け入れ難いようだ。




