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相談するのも命懸け


 他人の感情に気を配るのは大切な事だ。


 人は感情に拠って行動を起こし、感情に酔って他人を害するから。人を知るのは自分を守ることにも繋がる。無用の被害を被りたくなければ他人の感情を無視などできない。


 善も悪もない。好悪だけが、その判断材料だ。


 良き行いを見れば好意を抱き。悪しき行いを知れば嫌悪を感じる。なるほど、そんな人もいるだろう。


 それが善人であれば、その感情だけで直ぐにも動ける。だがその人物が悪人であれば、そこに加えて己の利害をも計算するに違いない。


 ――この人は善い人だ。ならば――いつ裏切るのが最善か。


 ――この人は悪い人だ。ならば――いつ裏切られるのが最悪か。


 唯ちゃんはきっと、善い人なのだろう。

 だから自らを不幸な境遇に陥れたあの男を恨むこともせず、ただ元の世界に帰りたいと、純粋な気持ちで望んでいられる。


 ……けれど私は、善人ではなかった。私はそれを自覚している。


 油断していた。不用心だった。私がきちんと自衛していればこんなことにはならなかった。そんなことは百も承知だ。だがそれでも、ヤツさえ、あの男さえいなければ、私がこの世界に転生することはなかった。死ぬ必要はなかった。それだけは覆しようのない事実なんだ。


 ――憎んでいる。恨んでいる。殺してやりたいほどに怨んでいる。


 だから私は――唯ちゃんに嫌われるわけにはいかない。


 あの男の命を奪う、その手段を得るまでは。




 ――私がここを退去した後、如何に大変な目に遭ったのかを説明して解決策を求めたところ。唯ちゃんはさらりと爆弾発言をしました。


「要は外に出る前に、魔力が使えればいいんですよね? ならそこらにあるものを使ってみたらどうですか?」


 促されるまま、唯ちゃんが手のひらを向けた先を確認して、私は思った。


 そこらイズどれ、と。


 そこら……そこら?

 白い床が何処までも伸びていて、四方もれなく地平線。この世界にあるものと言えば唯ちゃんのパーソナルスペースと、唯ちゃんが最初に出してくれた今現在私が座っている椅子と、あとは私の持ち込んだバスケットくらいしか存在しない、簡素極まるこの場所で? そこらにあるもの? そこ? どこ? トンチかな???


 念の為に体内に魔素が溜まっている想定で魔力を生み出そうとしてみたけど、反応は無し。大気中に魔力があるにしたって……そもそも身体に呼び水となる魔力がないから集められない。それ以前に、この空気に魔力は含まれてないんじゃないかと思うんだよね。体感だけどさ。


 唯ちゃんとのクイズに窮した私は、降参の白旗をあげる前に、もう一度だけ周囲をじっくり見回してみた。視界の限りに続く地平線。目に痛いほどの白の世界。


 ふと思いついた可能性を確かめるべく、椅子から降りて床をカリカリと引っ掻いてみた。削れもしなければ捲れもしない。


 普通に固かったです。


「そこらにあるものって何?」


 素直に聞くと、唯ちゃんは目を瞬かせた。


 左上を見て、右前方を見て、最後に私の……腹部? を見た。意図がわからん。


「……もしかして、見えてないですか?」


「多分見えてないです」


 …………えっ、待って。私ってば何が見えてないの? 私のお腹の上に何かいるの?


 それって見えていいやつですか見えない方がいいやつですかうおーーなんかわかんないけどちょっぴりこわいぞー!!


 身体をぴしりと固めて、ひとり心の中で叫んで遊んでいると。


「私が魔法を使うと出てくる……多分、精霊みたいな――」


「えっ、見たい!!」


 えっ、精霊ってこんなとこにいんの!! 地上で魔法の補助とかしてるって話じゃなかった!!? いやそっちでも一回も見た事ないんだけどさ!??


 唯ちゃん発言を最後まで聞くことなく、自分のお腹の辺りをまさぐりながら《視覚強化》と《探査》の魔法を同時発動。謎生物を拝む準備は万端だ!!


「えー、どこだろ!? どこ? ここ? こっちの方かも……えー、えーっと」


 服をペラリと捲ってみても、私の視界に変化はない。魔力の方にも感は無い。何も起こらなかったし何も見えるようにはならなかった。


 当然だ。だって魔法は何も発動していないのだから。


「……」


 冷静になったら急に恥ずかしさが込み上げてきた。私ってばさあ、もう、本当……いい加減に学ぼーよ。ねえ?


 ここでは魔法が使えないんだっつーの。


「…………えっと、何の話だったっけ」


 今の私の顔は、さぞや赤くなっていることだろう。


《遠見》を失い鏡が無ければ自分の姿さえ客観視出来なくなった私には、一度赤く染ってしまった顔面を即座に戻す術がない。いやあった。催眠術を応用すれば可能だ。覚えててよかった自己催眠術。


 意識を深めて平静を取り戻す。


 脈拍はまだちょっと早めだけど、これくらいなら許容範囲だよね。


「精霊を使って魔力の補充は出来ないのかな、と」


「見えてないからできないんじゃないかな」


 とても残念だけど、すごく残念だけど、もんんっのすごぉぉお〜っく残念だけど、見えないものは仕方ない。


 精霊なんて存在の力を借りればワンチャンあるかと思ったけれど、世の中そう都合よくは出来ていなかったみたいだ。


「じゃあ私が試してみますね?」


「え?」


 と思った瞬間、肩に感じる軽い衝撃。


 その感触に続いて、一拍遅れてやってきたのは――死よりも辛い激痛だった。


「いぎゃあああァァァアア!! ガッ、あガア!! ッダイダイイダイイィィイイイ!!!」


 何っだこれッ!? まるで肩から侵入した毒蛇が、身体の中を食い破って突き進んでるみたいなッ!?


「あぐぁ!! ァガアアッ!! ハァッガァアアア!!!!」


 どれだけ悲鳴をあげても苦痛が引かない。

 薄れゆく意識の中、私は思った。


 ああこれ、また絶対に漏らしただろうなと――


転生するまでは悪意ある人間こそが大嫌いだったソフィアさん。

転生してからは、悪意のない人間も十分に恐ろしいのだと知りました。……知ったと、思っていました。

創造神レベルのうっかりは実際の死よりも辛かったとか(本人談)

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