二回目の「はじめまして」
白い部屋。テンパる思考。
混乱しながらも途中からちょっぴり楽しみ始めていた混沌は、唯ちゃんの信じ難い言葉によって、全てが綺麗さっぱり真っ白に染め上げられてしまった。
『――はじめまして、同郷の人。まずはあなたの名前から聞いてもいいかしら?』
『――はじめまして、』
――はじめましてとは、どういうことだ???
魔力を失い、処理能力の下がった脳で。必死になって考える。
何か致命的な事態が起きている。
原因はなんだ。私のするべきことは、成すべき事は何か。唯ちゃんの対応は。――事態の、確認を。
受け入れ難い現実に、思考の方を合わせていく。
現実だけが現実だ。甘い妄想はストレスの解消にはなっても現実に生きる私を救ってはくれない。夢は膨らませて「こうだったらいいのになー」と気楽な気持ちで眺めるだけのものであって、危難の時に縋れるようなものでは、決して無い。
既に起こった事実だけを元に客観的な思考を進める最中。感じた激情のままに泣き叫ばんと荒ぶる心の昂りを、意志の力で捩じ伏せる。
感じるのは後だ。理性が先だ。
事態を把握し、適合し、喫緊の課題を全て達成し終えた後に、初めて無責任に振る舞うことが許される。
狂乱の担保は安全な土台だ。冬の海に浮かぶ薄氷の上でブレイクダンスを踊る馬鹿はいるまい。
……いや、私が日本にいた頃の脳足りん系動画配信者なら、いても不思議はないかもだけど。
余分な思考が入ったことで余裕も取り戻せた。事態の推測も十分にできた。後は――ああ。できれば当たっていて欲しくはない、答え合わせを願おうか。
魔法による思考加速も出来ないので正確ではないが、感覚的には短くても五秒、彼女のことを放置している。長ければ十五秒程度は経っている可能性すらあるが、そこはそれ。私にも余裕が無かったんだ、許しておくれ。
へらりと愛想笑いを浮かべるも、友好的な笑顔は返されない。唯ちゃんの小さな身体から感じ取れる感情は――緊張。そうだ、この小さな創造神様は人付き合いが苦手だった。
そうと気付いたことで、私の笑顔には優しさ成分が増量された。多分、当社比で三割増くらいにはなったんじゃないかと。
まあ、なんだね。五秒だろうが十五秒だろうが、大した違いはないよね。
どちらにせよ、黙って突っ立ってる初対面の相手に警戒を抱くには、十分過ぎる時間だろうさ。
「はじめまして、ソフィア・メルクリスと申します。……そして私が貴女に対してこの挨拶をするのは、今回で二回目。本当に覚えてはいませんか、雛形唯さん?」
「……!」
うん、唯ちゃんに腹芸は無理だね。顔面の筋肉が凝り固まってる感はあるけど、思ってることが顔に出るタイプであることに間違いはないらしい。これはおねーさん、益々お菓子を与えてみたくなっちゃいましたよ〜?
とまあ、そんな個人的な感想はともかく。このタイプには勢いで押し切るのが有効な戦法だと確信した私は、唯ちゃんが把握していないだろう情報を手当り次第に供出してみることにした。
いわゆる飽和攻撃ってやつですかね。攻撃の意図なんて絶無ですけど!
「私の事、一応知ってはいるんですよね? 同郷、同じ日本からこの世界へとやってきた異世界人。ああ、私たちが同じ父親を持つ姉妹だということも知ってますよ。それも以前、貴女から直接教えてもらったんですが、今はその記憶は無いんですよね。その原因にも私は心当たりがあります。私には《時間遡行》という『過去に戻ってやり直す』を体現する魔法が使えるのですけど、恐らくはそれが影響していて――」
「話はお聞きしますから、せめてゆっくり喋ってください!!」
口が回り始めたと同時、視線から厳しさの抜けた唯ちゃんが見た目相応の子供のように不満を叫んだ。身体の横で無意味に振り下ろされた拳が実に可愛らしい。見ているだけで癒されるね〜。
ふふふ、全くもう。私の妹ちゃんってば怒っている時ですら可愛いんだからなぁ。唯ちゃんがあまりに可愛すぎて、おねーちゃん、思わずでへでへとだらしない笑顔になっちゃいそうだったじゃないの〜、ぐふふのふ。
冗談を考えられる余裕があるのって実に素敵な事だとは思いませんか?
少なくとも常にストレスが掛けられているような環境にいるよりかは、心身の健康が保たれていて実に健全な状態であるといえるんじゃないでしょうかね。ストレスからの解放直後にはちょっぴりハイテンションになっちゃったりもするかもだけど――それもまた、ヨシ!!
唯ちゃんの雰囲気が明らかに変化したことで、私は内心でビンビンに張っていた緊張の糸を、ようやく緩めることができたのだった。
――とにかくこれで、とりあえず危機的状況は脱したと言えるんじゃないかな。……どうかな?
ソフィアさんは不真面目の権化なので、ずっと真面目なことばかり考えていると反動でおバカ係数が爆上がりのするのです。
勉強が出来ることと頭の良さは別物なのだと分かる良い例ですね。




