形を成した違和感
……唯ちゃんからの反応が一切こない。
現在、暇すぎる状況が絶賛継続中。
魔力をのへへんと垂れ流す以外にすることのなくなった私が退屈を持て余すのは、朝に日が昇るのと同じくらいに当たり前の出来事だった。
さて、ここで問題です。退屈が頂点に達した私はどのような行動を取るでしょーかっ。
その答えがこちら。方向性以外は無秩序に垂れ流していた魔力砲を制御して「もっと貫通力に特化できないかなー」なんて思い立ち、暇潰しに魔法制御の試行錯誤をし始める、が正解でしたとさー。ちゃんちゃん♪
まあ並行していつも通り、くだらない事を考えていたりもするけども。そっちはもはや常日頃からの習慣みたいなものだ。
因みに今は「たかがノックにこの威力。前世の世界観で喩えるなら……玄関のインターホン鳴らす代わりにダンプカー突っ込ませてる感じかな!?」とか考えてました。ほらくだらない。
消費魔力というか、ぶつけてる魔力量的についダンプカーという単語が頭に浮かんでしまったけれど、インターホン代わりにダンプカーは流石にない。どちらも機械ではあるけど、役割があまりに違いすぎる。
インターホンの代替物となると、クラクションはどうだろうか?
どの車にも標準搭載されているクラクションなら役割も音量的にも、ダンプカークラッシュよりかはまだ今の状況に近い気がする。爆音一回で終わることもないしね。
そう、回数。時間あたりの衝撃の大きさとその持続性、頻度。
それらの要素は家の中の者に来訪者の存在を伝える重要なファクターである。
単音で、長音で。「ブーーーッ!」と阿呆のように鳴らし続けるよりも、細かく区切って「ブッ、ブッ、ブーッ!」鳴らした方が、人の意識には留まりやすいのではなかろうか。破壊力にしたって似たようなものだ。
つまりただ押し流すのではなく……こう。
巨大な蛇口を捻って魔力という水をただ流していたが如き奔流に手を加え、濁流ではなく横殴りに吹き付ける暴雨のように、魔力を粒状へと変化させてみた。制御用に魔力を大分引っ張られたが、それでもなお先程と比べれば、明確に魔力の消費量は激減している。
……って、いやいや。いくらなんでもこれだけ減ったら、威力が全く足りないでしょう。
つまりこれは……言うまでもなく、大失敗ってやつだね!
局所的魔力弾幕と化した元魔力砲を軽く振るって密度のチェック。ちょっと振っただけで、一見極太ビームに見えなくもなかった光の柱は、まばらに光弾を振りまくだけの宴会芸と化した。
……綺麗だけど。綺麗ではあるけど、これは私が求めていたものとは違うんだ……ッ!!
魔力制御に使っていた思考リソースを即座に破棄。
脳みそなんて必要の無い垂れ流しゴン太ビームを再生成して、私は相変わらず沈黙を固持する世界の終端へと魔力をぶつけ続ける単純作業へと戻った。
(……ていうか、唯ちゃんマジで反応してくれないんですけど?)
でも三秒で飽きた。
だってここには、冷たいながらも律儀に反応してくれるリンゼちゃんも、私の考察に「その発想を使うなら……」と意見してくれるお母様も居ないんだもん! 寂しすぎて死ぬわこんなん!!
早く出てこい創造神――! という私の魂の慟哭が聞こえたのかは知らないが、頭の中に声が響くという念願の反応は、なんの前触れもなく遂に起こった。
『なに? 誰? 私に用事?』
――唯ちゃん! 待ってましたああぁぁぁあぁ!! でもなんで冷たい反応!? ちょっとリンゼちゃん混ざってませんか!?
「(唯ちゃん! 約束通り会いに来たよ! ここ暗くて寂しいから早く入れて!)」
まあそんなことはどうでも良い。
暗闇以外には、自分で生み出した魔力の光しか見えない空間。
自分の生み出した魔法が、音もなくただ闇に呑まれてゆく空間。
こんなところにいつまでも一人でいたら精神壊れる! はよ保護して!! と思念を通して伝えれば、唯ちゃんから返ってきたのはまさかの反応だった。
『……私は、あなたと何かを約束した覚えはありません。それに「唯ちゃん」なんて、あまりに馴れ馴れしすぎます。もう少しそこで頭を冷やしていた方が良いのではないですか?』
「(死んじゃうから許してェ!!?)」
ていうか、え!? これホントに唯ちゃんだよね!!? リンゼちゃんより毒吐いてくるんだけど!?!? 私なんか気に障ることしたぁ!?
記憶を総ざらいしても心当たりがない!! え、ちょっとこれ本気で悲しいんですけどどゆこと!? 一体何が起こっているのー!?
もはや頭の中は大パニック。
唯ちゃんとの念話の要である魔力砲の維持にすら影響が出るほどに、私は動揺しまくっていた。
「(唯ちゃんなんで怒ってるの!? 私が何かしたなら謝るから、せめておねーちゃんに弁明する余地をください!!)」
『…………』
あっ、今! いま唯ちゃんが「うるさい人だな……」って思ったの思念を通じて伝わってきたよ!? うるさいおねーちゃんでゴメンね頑張って黙るからそれで許して!?
瞳をぎゅっと閉じ、暴れだそうとする思考を必死に縛り付ける。
実妹たる唯ちゃんに嫌われるとかお母様に叱られるより数段ツラい。
想定外すぎる事態に、なんかちょっと涙出てきた……。
『……対話するつもりはあるみたいですね』
その声が聞こえた次の瞬間。周囲の環境が一変したのを理解した。
魔力を全く感知できない、唯ちゃんの住まう独特の空間。
懐かしくも恐ろしいその白い部屋で、唯ちゃんは信じ難い言葉を口にした。
「はじめまして、同郷の人。まずはあなたの名前から聞いてもいいかしら?」
ソフィアがうるさくないとは言えないが、彼女のうるささの真骨頂は並列思考と持ち前の気質を掛け合わせた精神世界、つまりは彼女の心の中が最もやかましい場所だと言える。
唯一その場所で直接声を聞いていたことのあるアネット(裏)はこう語った。
「本当に、いつでも何にでも想像を働かせていて……。常に思考を止めない人なんだなと、感心しました」
彼女は否定しなかった。ソフィアを「うるさい」と評した、その言葉を。




