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楽園の危機、空回るソフィア


 私は知っている。ヘレナさんがとてつもなく褒められるのに弱いことを。


 私は知っている。シャルマさんはヘレナさんが褒められると、とても嬉しそうに微笑むことを。


 だが、私は知らなかった。

 一部の女子たちに圧倒的な人気を誇るミュラーが、一体どのような経緯でその立ち位置に納まったのかを。


 ……私は今日、初めて知った。

 ミュラーに一部熱狂的なファンがいるのは、この聞いてるだけで背中がムズムズしてくる様な褒め殺しのせいなのだろうということを。


 私の楽園がミュラーの支配地にされちゃうぅ……。



「あの、今日は魔力要りませんか? 補充しますよ?」


 お昼にミュラーの対戦映像を流した影響か、シャルマさんの好意が大分ミュラーに傾いているのを感知した私は、ヘレナさんの役に立つことを率先して行うことでシャルマさんに気にかけてもらおうという姑息な作戦を実行に移した。その結果。


「えっ、あ、そうね。それじゃお願いするわね」


 ミュラーのイケメン力に骨抜きにされてたヘレナさんが我に返り、なんか惰性で頼まれたみたいな感じになった。


 違うぅ、私が望んでたのはこんな流れじゃないの……。


 感謝の言葉を強要したいわけじゃないけど、もうちょっといつもみたいにさ。せめて「嬉しい助かる!」みたいな気持ちが伝わる言い方してくれないとやる気が出ないのよ。


 とかなんとか、へらへらアホっぽく笑う裏で考えているわけだけども。まあ実際のところ、電池係くらいやる気が無かろうが全く問題ない。慣れたらこんなもの、トイレでスマホいじってるようなもん……いやこの例えは良くないかな。


 えとえと、お喋りしながらステーキを切り分けてるみたいなものだ。つまり垂れ流しててもなんの問題もないって事だね。垂れ流すのは勿論お喋りと魔力のみである。


 ……そういえば最近、分厚くて肉々しいステーキって食べてないな。

 お姉様が戻ってきてるからか、最近は昔懐かしの健康(体重)に配慮したメニューが多めになってる気がする。


 お姉様がいつまで我が家にいるのか知らないけど、そろそろ通常メニューに戻してくれるよう密かに嘆願を出さねばなるまいね。


 またお菓子のストックを継ぎ足すために調理場を借りるついでに、お父様が「久しぶりにガツンとした肉が食いたい」とでも言ってたとか漏らしておけばいいかな。ヘレナさんみたく貴族の意向に弱々な料理長ならば、きっと望んだとおりに忖度してくれるに違いない。


 そうすれば、今日は無理でも明日には食卓にステーキがのぼることだろう。


 ……どうしよう、もう既に楽しみになってきたんだけど。


 明日の夕食を今から楽しみにするのってちょっと気が早すぎないかな。流石にこの食欲は明日まで持たんよ。


 ――今日の食欲は今日中に満たすべし。


 不意に頭に浮かんだフレーズに「全くもってその通りだな」と完全同意してしまったので、今日の食欲は今日のおやつで満たすことにしよう。


 本日二回目、最初のおやつはマフィンさん。


 シンプルながら味、食感、香りと全てに優れるお菓子の王道。

 優しい甘みのプレーンはもちろん、果物などを加えてのアレンジが多彩なのも大きな魅力だ。


 でも私はプレーンが一番好き。次に好きなのは特製のオレンジジャム付けて食べるやつかな。チョコチップ入りも好きだけれど、この場にはそのどちらも存在しない。


 シャルマさんの用意してくれたオヤツだから他のでも断然おいしいけどね。


「はむ、もむ、もっふ」


 口内を美味しさで満たし、溢れ出る幸福に目元を蕩けさせていると、そんな私の姿を見たミュラーが苦言を零した。


「ソフィア……いくら美味しいとはいえ、そんなに急いで食べなくてもいいんじゃない? ほっぺたが膨らんでいるわよ」


「もへ!?」


 なんということでしょう! ミュラーの貴族力は私の幸福タイムを侵害するほどに高いと申されるのですか!? お偉いお貴族様の前で醜い姿を晒すなと、そう仰っているのですね!?


 まさか幸せを摂取すると同時に茶々入れられるとは思ってなかったから本気でびっくりした。思わずミュラーの貴族力を諸悪の根源と断定してしまったよ。断じてこれは女子力判定ではない。


 私のちっこい背丈が齎す女子力補正さえ凌駕して「これは女子としてあるまじき姿」だと思われたのだとすれば、超絶可愛いソフィアちゃんの唯一にして厳然たる欠点、即ちチビという外見的特徴に僅かながらも存在していたただ一つの利点が失われることになる。故にこれは「同じ女子として見てられなかった」のではなく「同じ貴族として見ていられなかったから注意された」案件であると思わねばやってられない。もぐもぐごっくん。


 おのれミュラーめ、好意でこの場所へと案内した私に対して何たる仕打ちをしてくれるんだ!


 これは少しばかり、私への態度を「分からせ」る必要があるようですね。


「……ところでヘレナさん。この魔法陣の考察はどの程度進んでいるんですか? 前回までの実験から導き出された法則を改めて検証して――」


「ソフィアちゃん!!」


 予想もしていなかった強い言葉。


 ミュラーに知力の差を見せつけようとしただけなのに止められた理由が分からず、思わずヘレナさんを見上げると。


「…………この研究。提出し終わったものとはいえ、まだ一応、機密扱いだから」


 だから部外者の前では、とミュラーを視線で指し示すヘレナさん。


「……それは失礼しました」


 ……お、おのれミュラーめ! 一度ならず二度までも私に恥をかかせるとは!


 今日のところはヘレナさんに免じて許してあげるけど、毎回こう上手くはいかないんだからねっ!!


しゅんと落ち込むソフィアに、ほっこりするその他三名。

図らずも楽園の危機は去っていた。

それもこれも、ソフィアが庇護欲を煽る外見だったおかげである。

チビで良かったね、ソフィア。

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