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ヘレナさんの屈服癖が留まる所を知らない


 ――幸福とはお菓子である。


 ……いや、これでは正確さに欠けるかもしれない。訂正しよう。


 ――幸福とは、美味しいお菓子である。


 つまるところ、人は美味しいお菓子を食べて笑顔にでもなっておけば、脳内で幸せ物質がブッシャーと出まくってアヘアヘ幸せパラダイスなのである。


 さあ、みんな一緒にパラダイスしようZE☆



 というわけで、癒しの空間は美味しい香りと幸福から始まるというのが私の持論だ。


 要するに美味しい物を食べて飲んで幸せになれば、嫌な事なんてぜーんぜん気にならなくなるということだ。実にわかりやすい、この世の真理だと思う。


「どう、美味しいでしょう」


 淹れたて紅茶の芳しい香りが漂う放課後の研究室。


 お菓子を口に含んだ途端に目を見開いたミュラーに対し、心持ち背筋を伸ばし、優雅に見えるような姿勢を心掛けながら淑やかに微笑めば、ミュラーは口元を手で隠しながら静かに、けれども強く頷いた。


「……本当に美味しいわ。私、ソフィアが持ってきた以外のお菓子は普段あまり口にしないのだけど、これはとても美味しいと思うわ。これ、本当に有名なお店のものでも、ソフィアが作ったものでもないのよね? 良い従者がいるのね」


「恐れ入ります」


「恐れ入ります」


 ミュラーって実は意外と礼儀正しいのよね。マナーとか凄いしっかりしてるし。


 剣さえ持たなきゃ常識人なのに、何故彼女は剣に魂を売り払ってしまったのか……なんて、ミュラーの残念さをしみじみ惜しんでいる間に、気付けばヘレナさんにまで礼儀正しさが感染していた。


 初め何で同じ言葉がふたつ聞こえたのか分からなかったよ、脳がバグったのかと思った。


 シャルマさんはまだ分かるけどなんでヘレナさんまで? 主従揃っての「恐れ入ります」とかそれこそ目上の……とまで考えて、その理由に思い至る。


 そういえばミュラーの家って公爵家だったね。


 普段は家格とか気にしないで付き合ってるから、ミュラーが良いとこのお嬢様だってことすっかり忘れてたよ。そんな忘れ去られた設定持ち出して畏まるとか、ヘレナさんの小物っぷりは半端ないな。


 そもそも外ですら必要のある時以外家格の上下って気にしない人が多いのに、生徒の平等を謳うこの学院で、しかも教師が学生に(へりくだ)るって……。


 ヘレナさん、もっと自分の立場に自信持とう? 大人としての威厳を身に着けよう?


 私なんて家格では圧倒的にミュラーの格下だけど、心の中ではミュラーのこと「剣姫っていうより剣鬼」って扱き下ろしたり、「流石に脳筋代表」と勝手に呼称したりとやりたい放題だよ!? このふてぶてしさを見習ってどうぞ!!


 というか私の中ではミュラーよりもヘレナさんの方が格上だからね。


 家柄ではそりゃ、ミュラーの方が上なんだろうけど。

 それでもヘレナさんは年上だし、賢者であるお母様が認める研究者だし?


 剣聖の孫という肩書きを持つ未成年の友達よりも、社会的立場もあって苦労もあって、それでも目標に向かってめげずに頑張るヘレナさんの方が、人間的に上位なんじゃないかなーって。まあ、私の勝手な印象でしかないんだけどさ。


 だからもっと能力に見合った自信を持てと!

 私の知ってる限りでも女神公認のすんごい発明とかしてるんだから、もっと図々しいくらい尊大になって「王族がなんぼのもんじゃーい!」と吠えるくらいの気概を見せて欲しいと! 常々私は思っているわけで!!


 ヘレナさんが権力に屈しまくってるの見ると私の未来を見てるみたいで滅茶苦茶ストレス溜まるんだよね。


 屈するにしてもせめてこう、心の中ではボロクソに罵倒しまくってやるとか、そういう反骨心みたいなものをさ……。


 そうやって、妄想で無駄にストレス増やしてたら閃いた。


 ヘレナさんが屈従することを選んだ、公爵家のミュラー様御本人に、ヘレナさんのことを認めてもらえばいいんじゃないか? そしたら多少は自信になったりするんじゃないだろうか。


 ヘレナさんには自信が無い。自信が無いからすぐ権力に屈する。


 でもそんな権力サイドから「貴方には計り知れない価値がある。それは生まれた家柄などでは測れない、素晴らしい才能だ」とかなんとか、それらしい言葉で認められれば……?


 …………んー、うんむむ。

 言い方に気を付けないと意識の改革までは出来ないだろうけど、それでも試してみる価値はあるように思える。


 そうと決まれば早速ミュラーからヘレナさんを褒める言葉を引き出してみるべし! と考えた結果、真っ先に口をついて出たのは次のような言葉だった。


「ミュラーもこの部屋の魅力に気付いたみたいだね」


 ……いや、なんでこれが出た?


 まあね、そうね。話の流れってあるものね。その場のノリって大事だよね。

 それでももうちょっと他に良い選択肢があったんじゃないかとは思うけどね。


 我ながら言葉選びに失敗したと思ったんだけど、怪我の功名とでもいうかな。


 ミュラーは私の予想を良い方へと裏切ってくれた。


「ええ、ここに座っているだけで心が安らいでいくのを感じるわ。こんな気持ちになるのはきっと、この部屋の主が人の心を思い遣れる優しい人だからなのでしょうね」


「……きょ、恐縮です」


 ねえ、私が連れてきたのってミュラーだったよね? この人誰? 私こんな人知らない。


 初対面のヘレナさん主従を流れるように篭絡して静かに微笑む?


 こんなの私の知ってるミュラーじゃないやい!


むしろ初対面であろうとすぐに砕けた口調で話し出すことのあるソフィアの方が異端という話。

ソフィアの中では評価が低いけれど、ミュラーはこれでも公爵家自慢の孫娘なのです。

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