傍から見れば同類
そもそもが無謀な話ではあるんだよね。私の見せた魔法でしか「映像」を知らないような人達にこの魔法を教えようとすること自体がさ。
――記憶を映像として再生する魔法。
他の魔法と同じく、一度発動出来ればその後は普通に使えるんだけど、その一回目が大変なのよね。再生機器の概念が無いこの世界の人達にとっては特にね!
この魔法を使えるようになるためには、まず「目の前の出来事を余すこと無く写し取ることは実現可能な事である」と信じてもらえなければならないし、脳に刻まれた記憶を出力することも出来て当然だという認識になっていてもらわなければ困る。どちらもビデオカメラがあれば簡単に達成可能な命題だが、この世界ではカメラさえ出回ってはいない。「映像」と呼べるものは「現実」にしか存在しない世界なのだ。
一応、私だって努力はしたのよ。
難しすぎて「やっぱり分かんない」ってならないように、写真の概念とか脳の仕組みとかの説明は省いてさ。現実に見た事のある私の魔法だけを参考にして、記憶の一場面を再生してみましょうねって、結構な手順をすっ飛ばしたりしてね?
でもまあやっぱり、その程度で出来るようにはなるわけないよね。ていかそれ以前の段階で、魔力でスクリーン作ることすら出来てなかったしね。
早々に飽きてお菓子をパクついてたカイルの映像をその場で撮って再生するだけで「え? なんで!?」とか言われちゃってるあたり、映像って概念への理解が遠すぎる。
なので私は言ってやったのですよ。
「ヘレナさんにはやっぱり、この魔法は早すぎたんですよ」ってね!
そしたらさ――
「それじゃ、また放課後に!」
「失礼します。……あの、料理、ご馳走様でした。美味しかったです」
「お気に召して頂けたのなら良かったです。またいつでもいらして下さいね。……ほら、ご挨拶を」
「ん〜〜。ソフィアちゃんもカイルくんも、またね〜」
閉まりゆく扉の向こうで、終ぞ自分の世界から出てこなかった研究者という人種を見て、カイルがぼそりと呟いた。
「……あのヘレナさんって人、なんで毎日あんな部屋に閉じこもってるのかなってずっと思ってたんだけど、何だか今日ようやく納得できたわ。あれがあの人の素なんだな」
「素っていうか、あれもまたヘレナさんの一面って感じだけどね。あれでもまだ没入感としては浅い方だよ。まあシャルマさんの言う『深い』状態は私も見た事ないんだけどね」
「マジか」
マジよーマジマジ。あの集中力は才能だよね。
――カイルと共に研究室を辞する最中、私はヘレナさんの研究欲に対し、ある種尊敬の念すら抱いていた。
私が魔法を得意としているのには明確な要因が多々ある。
別世界で体感し理解してきた様々な知識。魔法の構築にアホ程有利な日本語の習熟。聞いたら答えが返ってくる、この世界の仕組みを構築した女神へと直接質問できるサポート体制。
魔法を使う為に凡そ必要な全ての要素が揃っていると言っても過言では無い、それだけの好条件に恵まれている。
だからこそ、それらに頼らない魔法の発現が容易ではない事を知っているのだ。……歴史の証人たる女神からの情報によって。
だから厳然たる事実として「ヘレナさんにこの魔法はまだ早いんだよ」ってことを教えてあげたのにさ。ヘレナさんってばその言葉の何が気に障ったのか知らないけど、あれからずーっとあの映像魔法を使えないか試行錯誤してるんだよね。
普通、指導を担当してた人が「無理!」と断言しちゃえば「ああ、無理なんだ」って意識が深層心理に残ってその魔法を使えなくなると思うんだけどさ。世の中には時々いる訳よ。「でも教えてくれる人の言葉が絶対って訳でもないしね」なんて世の中を舐め腐った私みたいな考えの人や、ヘレナさんみたいに「無理? 本当に無理なの? なら何故無理なのかを証明出来れば可能に転じさせることもできるんじゃないの?」なんて変態的な考えで、無為にも等しい時間を自ら捧げに行くような非合理的な人達がさ。
まあ、つまるところ。「ヘレナさんが新たな玩具を発見しました」みたいな感じじゃないかと。
「ソフィアちゃん、どうせこの後も用事ないでしょ?」と確定事項のように言われて、先の映像の無限再生を頼まれまして。
ご飯食べてる横で流れ始めたのがさっき見た対戦映像だと分かると、カイルまでもが「おお!」って喜んで再視聴の体勢を取り始めるわけ。
私の心配してくれるのは地母神の化身たるシャルマさんだけよ。
慈しみに満ちた瞳で「魔力の方は大丈夫ですか? 無理だけはなさらないで下さいね」って心配されるだけで魔力の精製効率が十倍くらい上がった気分になるよね。実際には三割増がいいとこなんだけど、やる気というか心持ちというか、そーゆーのが大分左右されるよね。
その結果、お昼休みが終わるまで映像の再生続けてたわけ。
ヘレナさんもそれなりに満足そうだったよ。進展は無さそうだったけどね。
「あの人、ソフィアに似てるよな」
「そう? 参考までに、どの辺が似てると思ったの?」
ヘレナさんのとこに行く機会が増えてきたカイルが、唐突にそんなことを言い出した。
私とヘレナさんに似ている部分などあるだろうか? ……理屈をコネ回すのが好きなトコとか?
「変なこだわりが異常に強いところ」
「……それ、褒め言葉じゃないよね?」
だが否定できない私がいる。
でもいいんだ。だって拘りは、完成品の質を劇的に高めるんだからねっ!
カイルとしては珍しく褒めてます。
学院所属の研究者というひとかどの人物と似ている部分があるというのは、カイルにとっては羨むに足る要素なので。
彼は常識人ですから、恩を仇で返すような真似はしないのです。誰かさんとは違うのです。




