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聖剣と奏剣


「あっ」


 誰かの上げた声でその場にいた全員の視線が一斉に闘技場へと戻る。なんやかんやしている間に試合の準備が整ったらしい。


 いつの間にか闘技場の舞台に増えてた女の人が大声を張り上げてこの戦いの意義を説明している。ミュラーが勝てば王国最強を誇るセリティス家に次代の当主が誕生すること。反対に、負けてしまえば未来永劫、セリティスの当主になる道が絶たれてしまうということ。説明を聞いた観客席からはミュラーを推す声が明確に増えた。


 試合の勝敗はどちらかの降参の宣言、または美人な司会進行役のおねーさんが戦闘続行不可能と判断した時にのみ決まるらしいのだが、そんなことより私としては、ミュラーとバルお爺ちゃんが遠目から見ても分かるほどに闘志を漲らせているあの場所に立ちながらにして、自分のことを「美人な」と持ち上げるだけに留まらず余裕まで見せる彼女の胆力の強さをこそ高く評価したいと思う。


 観客席から「こないだの彼氏はどぉしたぁー! 別れんのはやすぎるだろぉー!?」とヤジが飛ぶ。おねーさんが「二股かけられてたので城壁の上から投げ捨ててやりました♪」とコミカルなポーズを取りながら返答する。その返事を聞いて、盛り上がっていた観客席が嘘みたいに静かになった。


「――私だけを愛してくれる旦那様、絶賛大募集中ですっ♪」


 静かになった闘技場内に、その媚び媚びの声はとてもよく通った。


 まるでここに集まった人達が彼女の今の発言を聞く為だけに集まったかのように誤解するほどの圧倒的な存在感。


「何あの人……」


 気付けば、私の口からは呻き声のような感想が漏れていた。


 誰に聞くともなく零れた言葉に返事があるものとは思わなかったが、幸か不幸か、ここには闘技場マニアがいた。私が無意識に発した質問に、マニア(エステラ)が解説をつけてくれた。


「知らないの? 彼女ほ闘技場の名物司会者、メルティナさんよ。年齢は確か、今年で三十歳になる――」


「三十歳!?」


 ちょまっ、嘘でしょ!? あの人三十歳であのキャラやってんの!? 勇者ですか!!?


 いや、逆に遠目ならアリ……なのか??


 久々に常識クラッシュされた。

 独身とはいえ、親はいるだろうによくもまあ……。


「とんでもない人もいる所にはいるもんだね……。……あれ? ミュラーの持ってるあの剣って……」


 物理的に直視しずらくなって目を逸らしたら、ミュラーの持ってる剣が普通の直剣とは違うことに気がついた。持ち手の部分を守るように流線型の意匠が飛び出た独特の形。ちょっと格好良いかもしれない。


「あれは剣姫様の奏剣スタッカートですね。剣聖様の聖剣バルハザードとは違って、相手を叩き斬るのではなく封じ込めることを目的とした武器……だと聞いています」


 そうけん……双剣? いや、どう見ても一振りだし。そう、そう……蒼剣辺りが妥当かな? 槍剣ってこともないだろうし。


「封じ込める、ねぇ。やっぱり一般的な戦い方じゃあないんだよね?」


 隣りにいるカレンちゃんに振れば「そうだね」と予想通りの答えが返ってくる。


 結論以外の細かい部分は聞くより先にエステラがペラペラと話してくれた。眼下でバルお爺ちゃんに色目使い始めた自称司会者よりも、よっぽど司会者に向いてると思う。


「そうですね。剣姫様が闘技祭で優勝される前は、剣姫様以外の使い手はいませんでした。他の者にしたって剣姫様の技を見て真似ようとしたものに過ぎず、普通に戦った方がマシな方ばかりです。剣姫様にのみ扱える、剣姫様自らが編み出した独自の流派。剣姫様はその剣術を、まだ流派と呼べるようなものではないと謙遜しておられましたが、たった一度の動作で小気味良い剣戟の音が複数回響くことから、いつしか人は剣姫様の剣術を指して『戦いの終結を奏でる剣術、その名を【奏剣術】』と呼ぶようになったのです」


 ああ、奏でる剣術で「奏剣」か。確かにミュラーって剣合わせる時になんか独特な動かし方するよね。腕の筋肉つりそうなやつ。


 私としてはそんな麗しい系の名前よりも「頭部破壊剣」とか「殺すまで止まらない剣」とかの方が現実に則してるとは思うんだけど、普通はミュラーの剣と打ち合いになった時点で敗北へのカウントダウンが始まるんだろうから、エステラが言った「終結を奏でる剣術」ってのは成程、何処の誰が言い始めたかは知らないけど中々上手い表現だと思う。


 なにより、詩的で格好良いしね。ミュラーに似合うかどうかは微妙なとこだけど。


「剣聖様の方にはそういう逸話ないの?」


 興味を惹かれて尋ねてみれば、エステラは「フッ」と意味ありげに笑った。


 ……あれ? もしかして今、私ってば馬鹿にされた?


「剣聖様と聖剣にまつわる伝説はいくつもあります。ですが、今から話し始めたのなら間違いなく試合が始まってしまうでしょうから、本当にその話が聞きたければまた後日、私の家を訪ねてきてください。貴女達なら……特に貴女となら、とても楽しい時間が過ごせそうだわ」


 そう言ってカレンちゃんの手を取るエステラ。カレンちゃんも「うん、行かせてもらうね」なんて、嬉しそうに微笑みを返している。


 ……うん。別に蚊帳の外にされたからって、寂しくなんてないよ?

 寂しくなんてないけど、エステラに私が低く見られているこの感じだけはどーにかしたい気もしますね。


 とはいえ、私の持つ【聖女】の肩書きでは与えるインパクトが強すぎる気がする。


 なにか程良い肩書きはないものだろうか……。


最近王城で話題の若き俊英と、同じくその妹として有名な【聖女】の噂話。

エステラは知らずとも、その両親は知っている。

自分達の目の前で、まるで箱入りの様に無知を晒す少女が、今の王国に於いてどれほど重要な存在なのかを。

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