剣聖の人気
お兄様やカレンちゃんと楽しくお喋りしてたら、いつの間にかあれだけ広かった闘技場の観客席が大分埋まり始めていた。戦いがより近くで見れる前の方の席は既に空きがない状態だ。
「たったこれだけの時間で半分以上も埋まるとは……凄まじいですね……」
「本当にね。今代の【剣聖】は歴代最強とも言われているし、ミュラーさんだって史上最年少にして【剣姫】に選ばれた本物の天才だ。人気では剣聖を上回っているかもしれない」
お兄様と二人、闘技場の埋まり具合に感嘆する。
王国の武の象徴。【剣聖】と【剣姫】の持つネームバリュー。
普段気安く接している二人が世間的にどれだけ価値のある人間なのかをまざまざと見せつけられている気分だった。
「いえ、そうとも限りません。若い人に支持層が多いのでミュラーを応援する声がより多く聞こえるかもしれませんが、未だにバルスミラスィル様の人気は絶大です。特に西区に住居を構える御年配の方にとっては未だ英雄といえばバルスミラスィル様のことですから、平民も含めた王国民全ての人を対象に聞き取り調査を行えばバルスミラスィル様の優勢は揺らがないと思います」
ついでにカレンちゃんがどれだけ戦いが好きなのかも、望んでないのに無理やり見せつけられてる感じ……。
喋る量も声の高さも普段とは全然違ってて、たとえ街中でこの声を聞いたとしても「あ、カレンちゃんだ」って看破できない自信があるよ。それくらい普段のカレンちゃんと様子が違う。なんていうか、こう、ネムちゃんの元気が乗り移ってるみたいというか……。
カレンちゃんは穏やかで一歩引いてて、内助の功みたいな立ち位置に居るのが私的にベストなカレンちゃんだと思うのだけど、これだけ楽しそうに語ってるところを見せられちゃうとその認識が誤りだったのではないかと思えてくる。これはこれでかわいくはあるし……。
まあ、これもギャップ萌えってことでアリかな。
後で「あの時のカレン、子供みたいに興奮してて可愛かったね」とでも言って恥ずかしがらせる材料にでもしよっと。
試合が見やすいように席が出っ張って作られているこの貴族用観覧席の中でも特に良い位置に陣取っているカレンちゃん。
そのカレンちゃんが「あっ!」と喜色の声を上げるのと、眼下に広がる観客席から「「「わあぁっ!」」」と歓声が吹き上がるのはほぼ同時だった。
「ソフィアソフィアっ! 来たよ! あれねっ、あの服はね剣聖様が白の騎士団総団長だった時の服で今ではもう見る機会が全然なくて――」
バルお爺ちゃんの人気すっご。
ミュラーだけじゃない。観客席の盛り上がりは言わずもがなだし、隣りのでっぱり……王族用の観覧席の下に位置する騎士団用だという観覧席からは野太い声での大合唱が聞こえてくる。どうやら「騎士団擁する最強の剣士」を称える歌らしいけど、歌ってる人の大半が感涙でも流してるらしく、声がグズグズで歌詞が分からん。いい大人の涙声とか誰得ですか?
ついでにさっきから気になってた隣りのテーブルでは、どっかで見覚えのあるご令嬢が「はあぁ! はあぁぁあん!」と声にならない声で大興奮のご様子。円形闘技場の底の部分に白い制服でビシッと決めたバルお爺ちゃんが出てくるなり「剣聖様! 剣聖様あぁっ!」と黄色い声を張り上げ狂喜乱舞する一ファンと化していたのだが、興奮が高まり過ぎてついに人語を忘れてしまったらしい。母親らしき人が介抱し、父親らしき人が「うるさくしてすみません」と頭を下げてきたが、いえいえ。こっちも似たようなものですからお互い様です。
「カレン、ちょっと落ち着こ?」
「中々始まらないからもしかして中止になるかもって心配してたけどそれもミュラーのことを思えば悪くないのかなって、でもでも本音ではやっぱりこうして剣聖様の勇姿を目にすることが出来て感激で感動で、私なんかがミュラーの友達になれたのは夢なんじゃって今でも思って本当に良かったって私は……あっ、ごめんソフィア! 何か言った!?」
「いえなんでもないです」
ダメだこれ。一発で分かる。
カレンちゃんがバルお爺ちゃんを眺めるの邪魔したら、今までコツコツと積み上げてきた私の好感度が一瞬で瓦解しますねこれは。
すごすごと引き下がり、ポスンとお兄様のお胸に寄りかかってみた。流れるような頭なでなでと一緒に「終わればみんな普通に戻るから」と声を掛けられるあたり、お兄様の友人にも熱狂的なバルお爺ちゃんファンがいるのかもしれない。
……人の人格さえ変えちゃうこの圧倒的な人気。アイドル業にしたら儲かるんじゃないかな。
「お兄様。アネットって今……」
「アネット? この時間なら、家にいるとは思うけど……呼ぶかい?」
「いえ、いないならいいです」
剣聖応援グッズ。剣聖なりきりグッズ。剣聖タオルに剣聖プロマイド。
……私は全然食指が動かないけど、出したら飛ぶように売れるんだろうな。でも異世界初のアイドルがお爺ちゃんって……。
お金稼ぎに私の好みは関係ないって分かってはいるんだけど、でも……と、勝手な皮算用で悩んでいる私の耳に、先程も聞いたような「「「うおぉっ!!」」」という大歓声が聞こえてきた。カレンちゃんの呼ぶ声に従い視線を動かせば、そこには――
――私の理想とするアイドルの逸材。【剣姫】ミュラーが颯爽と入場してきたところだった。
剣聖ファンクラブ、正式名称「剣聖様を讃える会」の会員は下部組織を含めその殆どが騎士団の団員で占められているらしい。
「剣聖様の為なら闘技場くらいいくらでも貸し出しますよ!」と語ったのは某騎士団長。
同僚が飲みの席で「お前は国と剣聖様の頼みが相反した時にはどちらを優先するんだ?」と聞いた時、彼はノータイムで「剣聖様を優先するに決まってるだろう?」と答えたとかなんとか。




