お仕事モードのお兄様
――ミュラーがバルお爺ちゃんとの決闘を急いだのは、ひょっとしたら私のせいではないだろうか。
正規の騎士団でエリートコースを約束されていたミュラーを新設の騎士団なんかに加入させたシワ寄せで、ミュラーは望まぬタイミングでの戦いを強いられたのではないか。理由の全てではなかったとしても、その決断をさせる一因にはなってしまったのではないだろうか。
だとしたら、私は。
ミュラーの一生に一度の権利を失効させてしまう事に対して、私はどう償いをしたら――
――そんなことをそれとなーく考えてたはずなのに、気付いたらミュラーの恋の御相手のことばかり考えてました。「そういえば馬車乗り込む時には違うこと聞こうとしてた気がする!?」と気付いた時には、既にVIPっぽい観客席に到着した後でした。もちろんミュラーは別行動、今頃はもう控え室で戦闘準備の真っ最中かと。
妄想って凄いよね。罪とか責任とか、そんなことを考えてた相手に対して「ミュラーは男でダメになるタイプだよね。ウォルフの件を考えると、普段はチャラいタイプがふと見せる真面目さに惹かれるのかな? だとすると相手によっては……」なんて、ミュラーが軽薄な男に騙されてぐっちゃぐちゃのドロドロに快楽漬け調教されちゃうような妄想だってできちゃうんだから。正直妄想が捗りすぎて後半の話の内容覚えてないよね。
バルお爺ちゃんが途中参戦したせいで話の内容は「ミュラーの恋人はどんな人か」という話から「恋人にどんなことをされたらトキメクか」みたいな話にシフトしてたけど、カレンちゃんと私のミュラーを狙い撃ちにした割とギリギリな女子トークからお爺ちゃんが逃げ出した辺りで理性のタガは外れた。我ながらちょっとはしゃぎすぎだったと今は反省しております。
ま、でも過ぎちゃった事はしょうがないよね。
反省は反省としてしっかり噛み締めはするけど、今は目の前のことに集中するべし。
そう、目の前の――具体的には、闘技場にて私の到着をお出迎えしてくれたお兄様の質問に答えることにですよ!!
「――なるほど、そういう経緯だったんだね」
「そういう経緯だったんです」
優秀極まるお兄様は、王城での仕事中に明確な違和感を覚えたらしい。つまり「おや? なんだか今日は、いつもより空気が浮ついているような気がするぞ?」と感じ取ったわけですな。
その原因を辿っていくと、とある一団の職務放棄が明らかになった。しかも本来彼らを監督をすべき者の姿すらどこにも見当たらない。
王城で突如起こった、騎士団関係者の消失事件。
一体王城で今、何が起こっているのかと調べを進めてみれば、国の許可も取らずに闘技場が勝手に解放されており、そこに騎士団関係者が集まるどころか市政の者達まで呼び込んでの出店の準備まで進んでいるという、まるで武闘祭さながらの光景に出会したらしい。驚き過ぎて夢でも見ているのかと思ったと余裕ある微笑みで語ってくれた。
しかし、どれだけ信じられなくとも闘技場が私的利用されているのは覆しようのない現実。
現役で宰相のアドバイザー的お仕事をしているお兄様としては、これは無視できる問題じゃなかったのだそうだ。
この騒ぎは何なのか。誰が首謀者なのか。何故騎士団が丸ごとこの騒ぎに加担しているのか。
責任の追求と事態の解明を求め、更なる情報を集めたお兄様は間も無くこの闘技場にやってくるというこのお祭り騒ぎの責任者を待っていたらしい。そこへ何も知らずにのこのことやってきたのがこの私達というわけだね。
もちろんお兄様とお話した私が責任を追求されるべき立場にあった訳では無い。ついでに言えばミュラーどころかバルお爺ちゃんにだってその責任はないと思う。だって二人は穴あき道場でさえやる気満々だったからね。会場変更も周囲の勧めに従っただけだし。
だから私としては、このお祭り騒ぎの元凶は王城から許可が出たとホラ吹いたミュラーのトコの使用人さんが最有力だと思うのですよ。あの使用人の仲で一番若そうだった男の人。ミュラーの家の使用人の中で、唯一まだ剣術に染まってなさそうな普通っぽい見た目の人。
かわいい顔してなんて大それたことをするんだろうね。まったく、悪い人だなぁ。まるで絵に書いたような純粋青年ぽい顔してたからまんまと騙されてしまいましたよ!
ぷんすかぷんぷんと青年の言葉を思い返し、あれ、待てよと思い直した。
ん、なんか変だよね? だってもしもあの人が嘘をついてたんだとしたら、王城関係の観戦者がこんなに集まってるのはおかしいもんね?
つまりあの人は本当に許可が出たって伝えられたけど、実際には取れてなかった的な……? 取ったつもりで取れてない、連絡の行き違いかな?
……やはり人を疑うのは良くないことだね。
そして人を見た目で判断するのも、とてもとても良くないことだね。
なのでこれ以上想像で犯人を増やさないよう、私は思考を停止してお兄様の見解を聞くお人形さんになることにしました。
もうお兄様だけ見てよーっと。じー。
「と、なると……ふむ。……うん」
顎に手を添え考え込むお兄様の姿のなんと絵になることか。この光景をオカズにご飯が食べれますよこれは。
試しにこてんと愛らしさ重視で首を傾げてみるも、お兄様は無反応。これは間違いなくお仕事モードですね。
反応がないのは寂しいけれど、真面目なお兄様もメッチャ格好いいからこれはこれで良き。
どうだ、私のお兄様は素敵でしょう!? と周囲を見回せば、カレンちゃんが私の視線に気付いて同意の頷きを返してくれた。
でしょ! 良いでしょ!? 私のお兄様、最っ高にカッコイイでしょ!!?
どやぁ!!!!
カレンはロランドを褒めた。
「でっしょ!そうでしょ!お兄様は最高でしょう!!」
ソフィアは狂喜乱舞し、カレンへの好感度を爆盛りした。
――ソフィアのカレン贔屓はこうして生まれ、今なおカレンの好感度は上がり続けているのであった。




