闘技場への移動中
一世一代の大勝負を床に穴が空いた道場でやるの? それも入り切らない観客を廊下の先まで伸ばしたまま?
聞けば聞くほど戦いに参じる本人達と周囲との温度差を感じていたけど、やはり剣姫と剣聖の戦いというのは、軽い模擬戦程度で済む話では無かったみたいだ。
「ミュラーは闘技場行ったことあるの?」
「もちろんあるわよ。あそこは普段、騎士団の訓練に使われているから」
称号持ちの二人が戦うと聞いたセリティス家の使用人さん。観戦希望者が溢れることを想定して、即座に王城まで闘技場使用の申請へと走ったらしい。
普通なら即日解放なんて望めるわけもないんだけど、先程ミュラーも言った通り、闘技場を使っているのは基本的に騎士団の面々。その人達が【剣聖】と【剣姫】の対決する場所を探しているという話を聞いて、協力しないわけがなかった。
そんなわけで、私達女の子組は今、馬車に乗っての移動中。
徒歩で移動する男の人達たちを横目にのんびりおしゃべりを楽しんでいたのでした。
話題はもちろん、目的地である闘技場。
騎士を目指す者なら誰もが通る大舞台、ということらしいのだけど……。
「ソフィアは、行ったことないの? 武闘祭とか、剣舞祭とか。色んな催し物をやってるはずなんだけど……」
「行ったことないの」
そう、私は闘技場に出場どころか観客として赴いたことすらない、完全な闘技場初心者なのであった! ふふん!
……まあ威張れるようなことでもないんだけど、珍しい人種であるのは確からしい。カレンちゃんが驚いたように言うけど、うちに騎士団の人間はいないからね。戦いとは無縁の平和な日常を送っていたんですよ。
剣舞祭なんてのも初めて聞いた。武闘祭は流石に知ってるけどね。見に行ったことは無いのよ。
幼い頃はあちこちのパーティーに連れ回されたりもしてたけど、武闘祭はほら。魔法無しの純粋な剣技のみの闘いだって聞いてたし、お料理も出ないっていうから。お母様も「距離が遠くてよく見えない上、日差しが……」とか言ってたから、私を理由にして欠席させてあげた方がいいのかなって。
その翌年以降もお父様は毎年行ってたみたいだけど、私は行くかどうかを聞かれることも無くお留守番組。お母様と一緒に魔法の研究やらお勉強やらしてすっかりスルーが定番のイベントと化してたから、むしろ今の今まで存在とか忘れてましたね。てへり。
そういえば何年か前にお父様が私と同世代の女の子が凄いとかなんとかで興奮してたことがあった気がする。
今にして思えば、あれはミュラーのことだったのかもしれないね。
「闘技場に行ったことがないとか……ソフィアって今までどんな生活してたのよ? 普通に暮らしていたらそんなことありえないでしょう?」
「あははー」
ありえるんですよねぇそれが。
まずは一週間ほど剣関係のことを忘れてみれば、ミュラーにも私の気持ちが分かるんじゃないですかね。
何なら私と同じ生活してみる? と提案しようかとも思ったけど、毎日勉強の時間を取っている私の生活スタイルはミュラーが真似するには些か厳しいのではないかと思い直した。もしかしたらリンゼちゃんとの雑談ですらギブアップするかもしれないね。
あの子の話って変に小難しいというか、せめて小学校レベルの現代知識くらいはないとそもそも着いていけないだろうし。最近だと悪意の感染は空気感染なのか接触感染なのかとか、魔石に詰め込める魔力を増やす方策とか、そんな話をしてたかな? ……小学校レベルは余裕で超えてるかもしれないね!
ともかく、私が特殊な状況であることを差し引いても、ミュラーとは育ってきた環境が違いすぎる。ミュラーが私と同じ生活をしたって馴染めないのと同じように、私だってミュラーの生活を追体験して無事でいられる自信は無い。それも肉体面と精神面のダブルノックアウトで打ち負かされる予感しかしない。
例えば、剣術の練習。あんなの持ってせいぜい一時間ですよ。
それ以上続けてたら飽きて投げ出す自信があるね。それを毎日なんて冗談じゃない。
せめて逃げ回るエッテかフェルを叩くゲームにルール変更しないと地味で退屈で変化のない鍛錬なんてやる気しないね。ミュラー並の相手と模擬戦なんてもっと嫌。
結論、剣術はイヤ。でも剣振るだけのチャンバラなら一考の余地ありって感じ。
で、そんな剣術よりもムリなのが……あまりにも酷すぎるお兄様格差ですよ!!!!
紳士、理知的、理想的と最強無敵のお兄様と比べて、ミュラーのお兄さんであるロビンさんは軽薄、享楽的、刹那主義って感じかな? 前向きさだけなら花まるあげちゃう。
でも、お兄様は妹がいてこそのお兄様なので。
想像の上とはいえ、私がそばに居ないお兄様とか認められない。
「普通にしてただけなんだけどねぇ」
普通に、気ままに。心の向くままに。
そう答えたところで思い出した。
「そういえば、ミュラーこそどうして今回の戦いを決めたの? これって大事な戦いになるんでしょ?」
「あー……それはね」
ロビンさん曰く、本来なら人生で一番の状態で使うべき権利。それを無駄に浪費する理由とは一体、如何なるものなのか。
どれだけ想像を巡らせても辿り着けない思考の断絶。
その選択に至った理由を、ミュラーは恥ずかしそうに話し始めた。
ソフィア流馬車用魔法、《浮遊》、《幻影》、《認識操作》の重ね技により、ソフィアは遂に悪魔の乗り物とも呼べる原始的な馬車への対抗策を手に入れた――!!




