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ミュラーの真意


 分からない事は素直に聞く。


 これが出来るか出来ないかで、生きやすさは万倍変わると思う。


「ねぇミュラー。さっきカレンから聞いたんだけど、この戦いに負けたらこの家で剣術の練習が出来なくなるって本当? そんな条件あるわけないよね?」


 問い掛ける声は、私の願望を多分に含んだ縋るような声になってしまった。


 そう、あるわけがない。

 そんな大事なことを思い付きで決めるような事があるはずない。つまりそんな条件は無かったと考えるのが合理的だ。


 ……でもね、私知ってるんだ。


 ミュラーがそんな、合理がどうとか考えるような、利口な性格じゃないってことをさ。


 案の定、ミュラーは私の質問を事も無げに肯定した。


「それは本当のことよ。まあ、戦うからには勝つつもりしかないから。問題は無いのよ」


 私にはむしろ、問題しか見当たらないのだけど……。


 ミュラーはどうやら、本気でバルお爺ちゃんに勝つつもりらしい。自信に溢れたその姿は、いつか見た日と重なって、なんだかとっても凛々しく見える。


「勝機はあるのね?」


「当たり前でしょう?」


 うん、そうね。勝てるなら問題は無いし、私の心配は余計なお世話にしかならないのだろう。それなら余計な口を挟む必要は無いと理解出来てはいるんだけど……。


 何故だろうか。この一年間、ミュラーと付き合ってきた私の経験が「その安心は勘違いだぞ」と囁いている気がするのは。ミュラーはこんなに自信満々で、何だって任せられそうな頼りがいの固まりのようにすら感じられるというのに「見ない振りしてたら後悔するぞ」と私の心が警鐘を鳴らし続けているように感じられるのは何故だろうか。不思議だなぁ。


 過剰な心配は信頼していないのと同じ。対等な友達であるからこそ、相手の意見も尊重するべき。


 道理は弁えてる。常識だって理解してる。

 それでも私は、自分の本能が突き動かす衝動に従って、鬱陶しく感じられる可能性も厭わずに。


 ……再度ミュラーへと問い掛けた。


「ねぇミュラー。この戦い、絶対に勝てるんだよね? 相手の弱点を把握したとか回避不可能な必殺技を身に付けたとか、そういう自信に繋がる何かを見つけたんだよね? 負けることは本当の本当に有り得ないんだよね?」


 繰り返し訊ねる私はさぞかし心配しているように見えたのだろう。


 ド真面目に問う私を見て、ミュラーは心配を吹き飛ばすような、不敵な笑みを浮かべた。そして瞳に闘志を爛々と煌めかせ、力強く断言する!


「当然、負けることなんてありえないわ。戦うからには勝つ! それがセリティスの剣術だもの!」


 ……うん。それはさっきも聞いたね?

 でも私が聞きたいのはそういうことじゃなくてね。


 僅かに感じ始めた予感を否定して欲しくて、執拗に質問を重ねる。


 どれだけ鬱陶しく思われようと望む答えが得られるまで決して引かない! ……というつもりで挑んだ覚悟は、しかし、ただの一度で不要となった。


「つまり、必勝の策がある――と?」


「そんなものは無いわ。全身全霊で挑めば結果は自ずと着いてくる。それだけの話よ」


 やっぱりか! やっぱりそういうことかよ、ちくしょうめ! ええ、ええ、そうでしょうとも。どーせそんな事だろうと思ってましたよ!!


 不覚にも格好良いと思ってしまった自分が恨めしい。


 ただの脳筋なのに、ただの脳筋セリフなのにと己に言い聞かせても、一度浮かんでしまった感情は中々消えてはくれない。勇気と蛮勇が似て非なるものであるのと同じように、根拠の無い自信は頼もしさの対極であるはずなのに!


 セリティスの剣術? それバルお爺ちゃんも同じ条件じゃん! 全身全霊ってのも同じだし、要は無策ってことですよねぇ!?


 この戦いがミュラー発案で私と何の関係もなければ、最悪無視することだってできた。でもこの戦いは不幸なことに、私の一言が切っ掛けとなって起こったものだ。



『――良かったらミュラーと戦ってるところを見せて頂けませんか?』



 ……私は何故あの時、バルお爺ちゃんにあんなことを言ってしまったんだろうか。


 もちろんその時の最善だと思ったからには違いないのだけど。

 それでも今となっては、もっと他の方法があったのではないかと考えずにはいられない。


 私の言葉が切っ掛けになってミュラーが戦い、もしも負けて意気消沈するような事態になったとしたら……。


 断言出来る。私は必ず後悔すると。

 私に責任の全てがあるとは思わないけど、全くの無関係とも思えない。問題を回避する為に私にも出来ることがあったんじゃないかと、心の中に抜けない(トゲ)が刺さることは確実だ。


 だから、今。

 私は私に出来ることをして、ミュラーの不幸になる未来を変えなくてはいけない! その為なら、私は鬼にだってなろうじゃないか!


 これもミュラーを想えばこそだと理論武装し、私は誰もが思っているだろう一言を告げた。


「ミュラー。どうせ勝てないんだから戦うのやめない?」


「……やってみなきゃ分からないでしょ?」


 いや、分かるよ。ていうか今分かった。


 勝てると思ってたなら今の即答できるでしょ。一瞬答えに窮したってことは、つまりそーゆーこと。ミュラーは自分でも勝率が低いと思ってるんだ。


 その事実を指摘しようとした瞬間、まるで私の言葉を遮るようにして喚き始めた。


「いーの! やるの! 戦うの! 勝てばいいんでしょ、勝てば! 見てなさいよ、私が勝つから!!」


 お、おおう。ミュラーが駄々っ子になってしまった。もはや聞く耳はありそうにない。


 ……これは誘導の仕方を間違えたかな?


 後悔してみたところで、現状を好転させる良い案は思い浮かばなかった……。


「どうせ勝てないんだから戦うのやめない?」

(言った!)

(言ったぞ!)

(ロランドの妹すげえ!!怖いもの知らずか!?)


後日、セリティスの屋敷内で「勇者」という呼び名が浸透することを、彼女はまだ知らない。

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