セリティスの流儀
私は知っている。この家の人間は須らく戦いを好んでいると。
私は知っている。彼らが戦いに向ける情熱は三度の飯よりも優先されるものであるのだと。
故に、こうなる事も必然だったのだろう。
「おい、本当にやるのか?」
「本当みたいだぞ。大体冗談でこんなこと言わないだろ」
「なんで今なんだ? あと十年もすれば、お嬢さんだって可能性はあるだろうに……」
「だからじゃないか? 今の実力を知って明確になった目標に向かって邁進するとか、そういう……」
「確かに俺たちではもう練習相手にすらならないかもしれないけど、お嬢はまだ成人前だろ? もったいないよなぁ……。あと数年もすれば絶対……」
わいわいがやがや。
溢れかえる、男、男、男の集団。服装は様々で、けれどどの顔も一度は見た覚えのあるものが並んでいた。
さっきまで四人+鎧がひとつしか無かった訓練場に、今や三十人近い人達が押しかけている。ミュラーとバルお爺ちゃんの対決が決まってからまだそれほど時間は経っていないというのに、一体この人達はどこから湧いて出たのだろうかと不思議に思う。
まあ半数以上がこの屋敷で働く人達なんですけどね。
いや仕事しましょうよとは思うけども、人様の使用人に文句を付ける訳にはいかない。それに観戦される試合は私のものでは無い。文句を付ける理由もそんなに無かった。
「なんか大事になっちゃったね?」
隣りのカレンちゃんにヒソっと話しかければ、驚きに見開かれた目が私を射抜いた。
「大事だよ? 剣聖様と剣姫の一騎打ちだよ? みんなが見たいに決まってるじゃない!」
あ、はい。そうですね……?
いつになく興奮しているカレンちゃんに気圧されてしまう。そんな勢い込んで言うことかね?
そりゃ対戦カードとして激アツなのは分かるけども、それ以前に二人って家族じゃん。同じ家に住んでるわけじゃん? 普段から一緒に練習してたりするだろーし模擬戦だって飽きるほどしてるんじゃないの?
何をそんなに興奮しているんだと思うのだけど、周囲の反応はカレンちゃん寄りというか、どー見たって二人の対戦を心待ちにしてる。見慣れている戦いをまた見ようという雰囲気ではなく、一世一代の大一番を見逃してたまるかという期待と戸惑いが感じられる。理由は分からないけど、二人があまり対戦をしていないのは確かなようだ。
ふむ、なるほど?
でもね、それでもまだ、私には不思議なことがあるんだ。
耳を澄ませば様々な情報が得られるけれど、ズバリそのものと言える核心をついた一言は聞こえてこない。なのでサクッとカレンちゃんに尋ねてみた。
「でも正直、この勝負はミュラーが負けて終わりでしょ? いくらなんでも人集まりすぎじゃない?」
「そんなことないよ!?」
突然の大声に周囲の視線が一斉に集まる。
成人男性の多数の視線に晒されるのは苦手だけど、今はそれよりも、普段とは別人のような顔で今にも「ソフィア本気で言ってるの!?」とでも迫ってきそうなカレンちゃんが怖い。
何なんだよう、もう。なんで今日はそんなにテンション高いんだよう。やめてよう。
こんなの私の知ってる癒し系少女カレンちゃんじゃないやい。こんなのはもう、ミュラーウイルスに感染して変異した戦闘狂カレンさんとでも呼ぶべき別人だ。
落ち着いていて物静かだった人物を、ちょっと声を掛けるだけですぐに叫び散らす人格に変える。やっぱり争いってのはろくでもないな、なんてことを考えていた私の肩を掴み、カレンちゃんは私の見たことの無い表情で捲し立てた。
「ソフィア、もしかして知らないの? ミュラーが剣聖バルスミラスィル様に挑めるのはこの一回だけ。もしも今日負けちゃったら、ミュラーはもうこの家で剣術を学べなくなっちゃうんだよ……?」
「ん?」
……んん? どゆこと? ちょっと待ってね、今頭の中整理するから。
……えー、そういえばさっきから周りの人達が言ってたね。『早すぎる』だの『なんで今なんだ』だの、よく分かんないことを。
なるほど、あれはミュラーの挑戦権が一回しかないことを知っていた人達が「もっと強くなってから挑むべきなのではないか」と言っていたわけか。なるほどなるほど合点がいった。つまりミュラーが【剣姫】として【剣聖】であるバルお爺ちゃんと戦うのはこの一回きりというわけだ。そりゃ人もわらわら集まってくるよね。
「……なんでミュラーは戦う準備してんの?」
うん、人は集まる。それは貴重な機会だからだ。でも貴重ってことは大事ってことで、ならミュラーは何を考えて戦うことにしたのか……。
負けたらこの家で剣術が学べなくなる?
それってミュラーにとっては手足をもがれるのと同じ事じゃないのか?
「私に聞かれても……。それが分からないから、皆さんもこうして集まって来たんじゃないかな……?」
ごもっともですね。
今まで何度も「ミュラーの脳みそは筋肉で出来てるんじゃないか?」と疑ってきたものだけど、まさかその説を補強する様な現実が降り掛かるとは思いもよらなかったよ。
ミュラーの真意がどこにあるのか。
それを知らないことには、二人をこのまま戦わせるのには不安が残るね。
セリティスの者達にとって、試合は至上の娯楽である。ましてや剣姫と剣聖の対戦などと……。
この興奮を誰かに伝えなければ。
一人の使用人がそう思った時。観戦者が増えることは確定したのだ。




