嫌なの!
――改めて言うまでもないことではあるが、私は戦士ではない。【賢者】の称号を持つ親の元に生まれた、魔法が得意なだけの子供である。令嬢である。非戦闘員なのである。
それがなんだい、皆して私と戦いたい戦いたいってさ。私は君たちと違って日常的に戦う訓練なんてしてないんだよ? 言わば戦闘の素人よ? これが日本だったら「つい先程入った情報です。本日未明、地元でも有名な名門剣術道場の娘である女子中学生が練習試合と称し、同級生へと試合を強要。怪我を負わせた疑いが持たれています。同生徒は師範代に次ぐ腕前を持つとされている一方、被害生徒に剣術を初めとした武道の指導を受けていた経歴は一切無く、また試合を拒むような会話を複数の人物が目撃していた事から、当局では加害生徒を傷害の容疑で――」とかなんとか、テレビで話題の人になっちゃう可能性すらある犯罪なんだよ?
力を持つ人はその力の使い方を誤っちゃいけないんじゃないかと、ソフィアさんは思うんだよね。
……まあ、別方面の力を持った私に対して、単純な武力を持ったミュラーが、そのー……あれよ。「最近ソフィアってば調子に乗ってるんじゃない? 一回シメとく?」とか思ったんなら、それはまあ、分からないでもないんだけど。ミュラーが戦いたがる理由ってそーゆー理由じゃないもんね。
本気を出した私に勝ちたいというか、圧勝したいというか、叩き潰したいというか。そういう視線を普段から割と感じる。
これって普通、友達から感じるような視線ではないと思うの。
そういう意味でいえば、カレンちゃんだって独特だ。
カレンちゃんは過去に、私に救われたことがある。
救われたからといってどの程度感謝しているかは本人次第なのでなんとも言えないが、少なくとも私としては「貸一回」としていつかは取り立てられる程度には手を貸した自覚があるし、カレンちゃんとしても「ソフィアのおかげで助かった」と感じていることは確かだと思う。
……実際に助ける過程においては何もしていないはずのカイルが、私と同程度か、もしかしたら上回る程の感謝を向けられている点に関しては、少しばかり思うところが無い訳でもないが。
「この人のおかげで救われた」とカレンちゃんが感じる際にどの程度の感謝を抱くかは、極論、カレンちゃんの胸先三寸で決まる。カレンちゃんが救われたという事実があるなら、私がカイルより感謝されてなくたって、それくらい……それくらいはまあ、……気にはなるけど、飲み込むことはできる。
……違う。カレンちゃんに感謝されたいとか、そういう話ではなくてだね。
ミュラーが私と戦って負かしたいと望んでいる視線と同じように、カレンちゃんからは私を憧憬するような視線を感じるという話だ。
単なる自惚れと言うことなかれ。この件については、本人からも確認が取れている。
なんでも剣聖の孫娘に認められるほどの剣術の才を持ちながらにして魔法にも秀で、その上かわいくて優しくてちっちゃくてかわいい。長年の悩みだった筋力を制御できない問題も一瞬で解決しちゃったしすごすぎる! みたいな感じらしい。カレンちゃんってちょーいい子よね。
でもね、本当にこの世界にいると実感するんだけど、「いいこと」と「いい人」はイコールじゃないのよ。
悪意皆無で振り回される善意は、まるで無垢な子供がチェーンソーをどるるんどるるん振り回してるみたいな怖さがあるのよ。
いや重量的に持てるわけないでしょとか、そーゆー話ではなくてね。
自身が振りかざしてる善意が人を追い詰めることもあるっていうのをね、ここの性善説しか知らないよーな人達はまるで理解していないの。無頓着なの。無自覚なの。
だからこーゆーことが起こるわけ。
「確かにミュラーの攻撃は速くて、鋭くて、怖くなっちゃうのも分かるけど……ソフィアならきっと、また立ち向かえるようになると思うの。だから、私と練習して、もういっかい戦えるようになろう? ね?」
善意。圧倒的善意。これほどありがたくない善意の申し出が未だかつてあっただろうか。
残念なことに、この世界に来てからは割りとあります。この世界の人達、基本的に思ったことはすぐ口にしちゃうので。
これは世界の壁というよりは日本と外国の差みたいな感じがするけど、この世界以外の居場所を失った私にはどちらが事実だろうと関係がない。今の環境に慣れるしかないのだから、どちらにしたって同じようなものだ。
だからカレンちゃんのこのありがた迷惑過ぎる発言も、少なくとも本人は善意百パーセントで話しているのだと理解が出来る。思わず泣き出しちゃうくらいミュラーと戦うのが怖いのなら、それを改善しようねって。一緒に頑張って、ミュラーとまた戦えるようになろうねって一所懸命に励ましてくれてるわけ。もちろんカレンちゃん的には善意の行動。
頭では理解してる。理屈は分かるんだ、一応ね。まあ理屈しか分からないとも言えるんだけどね。
私を戦いの場から逃れさせない善意の檻。
そんな窮屈さを感じながら出した、私の返事は――
「いや、カレンとやるのも嫌だよ?」
――そもそも何故、私とミュラーが戦うことが前提なのか。そこが理解できない。当たり前のように話してたって騙されるもんかよ。
カレンちゃんの言葉に否と答えるのは辛いことだが、自分の意見をしっかり伝えるのは大事なことだ。
ポカンとしているカレンちゃんに「そもそも戦うのが嫌なの!」と追撃し、私は長い思考を終えた。
理屈が正しかろうが屁理屈を捏ね回そうが、最終的には感情に従って己の行動を確定する。
故に彼女は、何歳になっても母親に「理解できない……」と嘆かれる羽目になるのだ。




