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泣けば官軍


 友人に泣きながら土下座をすると、どんな気持ちになるか。ねえ、知ってる?


 友人に泣きながら土下座するとね、まるで自分が人間失格の畜生にでも堕ちたような気分になるんだよ。新しい発見だよねー。あははー。


 ……はあーあ。


 憂鬱なんて言葉すら生温いくらい惨めな気分にはなったけど、ミュラーと戦わされること自体は回避できた訳だし、まあいっかな。


 さっさと心を切り替えて、いつものお気楽モードに……お気楽に……、脳天気に……。


 ……いやぁ、やっぱり今すぐ立ち直るのは無理そうかな。


 土下座で下限にまで失墜した気分を立て直すのは、流石にツラいわ……。



 ――恥も外聞もかなぐり捨てて、ミュラーに向かって五体投地。


「どうか許してください。ミュラーとは戦いたくないんです……」


 あんなことが実行できた私は、それだけ追い詰められてたってことだ。


 いやね、無様だって分かってるよ? 友達相手にすることじゃないって理解してるよ? でもしょうがないじゃん。ミュラーって言葉で言っても理解できない戦闘狂(バトルジャンキー)なんだもの。


 私だって理性的で常識的な模擬戦相手なら二つ返事で引き受けるくらいの寛容さはあるのよ? 身体を動かすのだってわりと好きだし、むしろ喜んで引き受けてもいいくらいなの。


 ただし、それは相手が普通の人ならって話。


 剣を握ると人が変わったように襲いかかってきたり、友達相手に容赦なく殺意をぶつけてくるような人は、果たして普通の人と呼べるでしょうか? 模擬戦一発目で殺しに来てるとしか思えない突きを放ってくる、国家が認める才能を持つ【剣姫】様が? 素人相手に全力で襲いかかってくる【剣姫】様が普通? ありえませんよね。 


 極一般的で良識的な常識人が相手だったら私だって喜んでお相手してたんですぅー! 土下座までする羽目になったのは私だけのせいじゃないやい!!


 だってミュラーってさ、いざ戦いとなると顔ばっかり狙ってくるんだよ? 首や顔面どころか「眼窩から脳みそ串刺しにしてやんよォ!!」みたいな気迫で眼球ばっかり狙ってくるんだよ? 心が持たんよ。


 私はミュラーと違って、戦いの為に生きてるわけじゃない。

 極々普通の……ではないかもしれないけど、命の危険を感じる様な事が身近にある環境で育ってきたりはしてないんだよ。ミュラーが付け狙う戦闘能力だって、自衛のために磨いてきた能力なんだよ。殺し合いとか、むしろ避けたい……あ、殺し合いじゃなくって模擬戦だっけ? もうわけわかんなくなってきた。


 なんにせよ、ミュラーと戦うことになる度に、どれだけ私の心が悲鳴を上げていたことか。ミュラーに戦いを求められる度に、どれだけ私の心が恐怖の鎖に絡め取られていたことか。


 そんなことを思い出してたらね、ごく自然に涙が出てきたのよ。


 我ながら思うけど、私ってホントに想像力豊かだよね。心を揺らすと涙とかちょー簡単に出るわ。普段からそれだけ我慢してるってことかね?


 ともかく、お陰様で私は、泣きながら土下座をして「どうか許してください……」と哀願する圧倒的弱者へとジョブチェンジを果たしてしまったのだけど、それだけの醜態を晒した甲斐あってかミュラーとの再戦は避けられた。しかしカイルにも私の本心を晒して失敗してからまだ日も浅いというのに、ミュラーとカレンちゃんにまで涙を見せてよかったのかは疑問の残るところだ。まあやっちゃったもんは仕方ないよね。


 この選択が正しかったかどうかはそれこそ神のみぞ知るといったところだろう。

 ……まあ本物の神様はなんにも知らないどころか、知ったところで気にもかけないだろうけどね。あの人外さん達、人間にトコトン興味とか無さそうだったし。


「…………」


「…………」


「…………ぅぅ」


 少なくとも現時点では、土下座までしたのは失敗に見える。


 私を泣かしたことで気まずそうにしているミュラーと、狼狽えるだけのカレンちゃん。


 二人には申し訳ないけど、正直これだけの犠牲でミュラーとの模擬戦が回避できるのならかなりアリではないかと思っちゃうよね。


 こんな性格だからこっちの世界で信頼できる人が増えないのだと分かっていても止められない。友人の顔面に剣を向けるのは許容しないくせに、その本人は友人の優しさを利用して踏みにじっているというこの矛盾。我ながら最低過ぎて反吐が出そうだ。


 はい、もちろん嘘です。


 自身を最低な人間だと思ってることは事実だけど、()()()()で気分を害するような清廉な人間じゃないんだよね、私は。むしろ他人の優しさを利用できる人間で良かったとさえ思う。それは私自身が快適に生きる為に磨いてきた知恵だ。


 だからこそ、この世界は……優しさがそこらじゅうに溢れているここは、私には少しばかり生きづらい。


 悪者が悪者になれない世界。受け入れてないのに一方的に受け入れられる世界。……私の常識が、通じない世界。


 涙を見せれば誰もが従う。嘲笑もなく無関心さえもない。


 優し過ぎて恐ろしい世界。

 そして――清らか過ぎて、(おぞ)ましい世界だ。



「……ね、ねぇ、ソフィア!」


 ――カレンちゃんの声で目を醒ます。


 そうだ。私は今、この世界で現実に生きるソフィア・メルクリスなのだ。現実逃避している場合じゃないぞ。


 現実に引き戻された私は、カレンちゃんの真っ直ぐな瞳と正面から向かい合って――


「ミュラーとが嫌なら、私となら、模擬戦! してくれないかな!?」


 再度、「現実逃避したいなぁ」と、頬を引き攣らせて笑うのだった。


涙を流すだけで事足りると知っているのに、自ら土下座までキメに行くのがソフィアスタイル。

何故彼女は自ら惨めな姿を晒しに行くのか?ドMなのだろうか?趣味なのだろうか?

もしかしたら、可哀想な自分というものに酔っているだけなのかもしれませんね。彼女、案外ナルシストなので。

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