前座じゃないです、代役なんです
ミュラーと鬼ヴァルたんの勝負はミュラーの圧勝に終わった。
そもそもうちのヴァルキリーたんはね、壊されることを前提にしてないの。中身壊されちゃうと下手すりゃ魔力が暴発するのよ。
なので装甲が剥がれた場所を集中して責め立てるみたいな戦法使われると困っちゃうんだよね。壊してもいいとは言ったけど、壊し方にも美学が必要というか。どうせ壊すならスパッと腕から先を切り飛ばしてくれればいいのに……。
無駄に突きまくるせいで肩のとこぐっちゃぐちゃじゃないですか。これ修復できるのかなぁ? 最悪作り直しになりそうでトホホな予感。
圧倒はできずとも常に優勢、少なくとも負けはないと思っていた鬼ヴァルたんのまさかの敗北。
内心でしょんぼりへにょんとしょぼくれる私に、いい汗かいたと実に晴れやかな表情を浮かべるミュラーさんが言いました。
「中々良かったわ。カレンとの訓練の成果も試せたし、気兼ねなく壊せる相手っていうのは思った以上に良いわね。あれ、増産する予定はないの?」
ヴァルキリーたんは一点物で量産品ではないんですけど……。
渾身の力作をズタボロのスプラッタにされた上での「あれ」呼ばわりに、本来の私なら怒っていただろう。静かに怒るにせよ激して怒るにせよ、なんらかの反応はしていたと思う。が、今のそんな元気はなかった。
理想の塊。ロマンの象徴。
夢の世界を現実に落とし込んだ最高傑作たる私のヴァルキリーたんが……こんな無惨な姿に……ぉぉおぅ……。
なんか、すごい。自分でもびっくりするくらいショック受けてる。
いやだって、装甲……防具……なんで壊せるの……?
もはや意味が分からず、茫然自失としたままミュラーの言葉に生返事を返す。
大半の言葉が頭に入らずに右から左と流れていく中、それでも聞き捨てられない言葉があった。
「それで、次はソフィアが相手してくれるのよね? 私はいつでもいいわよ」
「ちょっと待って」
待って。待ちなさい。ほわい? 何故この流れで私をご指名になるのか? 私にも悲しむ時間をくれませんか??
あ、それともあれかな。あまりに悲しそうにする私を慮って「そんなに悲しいのならそこのスクラップと同じ様にしてあげるわ」ってことかな? なるほど、ヴァルキリーたんと同じ姿になれるなら寂しくはない――ってなるかぁ! 腕取れたら死んじゃう! 人の腕が取れたら普通修復不可能なんだよ!!
おおぉ恐ろしい。やはりミュラーは恐ろしい子!
泣きっ面に蜂どころか泣きっ面に処刑場だよ。もはやただの処刑場だよなんだよそれ怖いよやめてよ。
私の心からヴァルキリーたんを悼む時間を取らないでください!! あと私をヴァルキリーたんみたいにボロボロのグチャグチャにするのだけはどうかやめてね!! 人はそんなに頑丈じゃないので!!!
心の中は悲鳴の大合唱状態なのだが、恐怖のためか喉が引き攣って言葉が出ない。
信じられるかい? これ、朝までは友達だと思ってた子の顔を見て出てる症状なんだぜ……?
心の中の言葉遣いまで乱れてきた。
もしかして、今日がソフィアちゃんの命日になったりするのだろうか? もしくはか弱いソフィアちゃんの魂は既に天へと召されていたり?
いっそ意識でも失えたらいいのに。
そしたら目覚めた時には、全てが夢だったー、みたいなさ。おかしな夢を見たなーって笑い声をあげるんだー。うふふ、あはは、はは……。
…………どうかお願い。夢なら早く、早く醒めてぇ。
「ソフィア? どうしたの? 早くやりましょうよ」
「ソフィア、大丈夫? なんだか、辛そうに見えるけど……」
急かすミュラーと、優しく気遣ってくれるカレンちゃん。
一見するとこの子、天使みたいにみえるでしょ? でもね、お淑やかそうな外見に騙されちゃあいけませんよ。
速度こそが売りのミュラーが鬼ヴァルたんの頑丈極振り装甲を容易く破壊せしめたその理由、どーー考えてもカレンちゃんが原因なんだよね。だってさっきミュラーが自分で言ってたもん。「カレンとの訓練が云々」ってさ。
カレンちゃんとの訓練とかパワー特化に決まってるじゃないですかやだー! ただでさえ鬼みたいに強いミュラーに余計な武器与えないでくださいホントやだー!!
鬼に金棒与える時はその金棒で潰される人もいるってこともどうかよく考えてくださいお願いします!! 人じゃないけど既に被害者も出てますから!!
その子に注ぎ込んだ素材の金額知ったらきっと二人ともビックリするよ!? 総額聞いたら震え出すよ!? それを一瞬で、スクラップにして…………もー!!! 私はもう、いったいどうしたらいいのさー!!!!
いっそヴァルキリーたんの仇でも取るべきか、なんてとち狂った発想まで浮かんできた。
やるか? やっちゃうか? ミュラーに目にもの見せちゃうか?
でもヴァルキリーたんの装甲をベコベコにできる強度なら私の防御魔法でも衝撃が抜けてきそうな気がしますね。そうなると痛みに慣れてない私は動けなくなるだろうね。仇を討つどころかフルボッコ第二弾かな? あはは。
「ねえ、ソフィアったら」
「――っ!」
ミュラーに肩を触れられただけで、過剰なくらいに身体が跳ねた。
これあれじゃね? 身体は既に屈服してる的な? いや負けてるのは心かなあ?
どちらにせよ、まともに戦えるような状態ではない。
目の前に差し迫った危機から脱出するため、私は意を決して、これだけはするまいと心に決めていた切り札の解禁を決意した――。
恭順か、降伏か、白旗か――。
ソフィアの切れるカードはまだまだ無数に(以下略)




