鬼ヴァルたんの性能
「ミュラー、そろそろ来るよ! 気合い入れて!」
「ソフィアが私に、注意を促す……? ……ふふ! これは期待できそうね!?」
――ヴォン
兜鎧から漏れ出る灯りが青から赤へと変わり、連動して全身鎧にも赤い魔力の線が迸ったその刹那。独特な起動音を鬨の声に、鬼ヴァルたんは油断なく構えるミュラーへと疾風迅雷の勢いで飛びかかった!
「……っ!? 速いし、重いっ!?」
大きさに見合わぬ速度にも、ミュラーは見事に対応して見せた。
しかしそれだけでは足りない。鬼ヴァルたんの攻撃の重さを見誤ったミュラーはその代償として、壁際にまで軽々と吹き飛ばされた!
ふふふ、重いでしょー? そうでしょう、そうでしょうとも!
何せ鬼ヴァルたんを構成するその物質、密度のせいか見た目の数倍重いからね! 脚部の魔法が切れたら地面が足の形に沈み込む程度には重量があるよ!
それ感じさせない私の計算され尽くした魔法陣の配置技術。どやぁ! とドヤ顔を披露せずにはいられないね!
「そんな、ミュラーが……!?」
「まだまだいくよー!」
カレンちゃんの驚きの声に気を良くした私は、更なる追撃の手を……って違う。今日は私が動かすんじゃないんだった。危うく魔力繋げちゃうところだったよ。
自律行動中の鬼ヴァルたんは一定以上距離の離れた相手への追撃はしない。
それは安全面への配慮もあるけど、もっと単純に、鬼ヴァルたんの基本能力の一つでもある高水準の探査魔法が、近距離にしか対応していない為だ。
地面まで含んだ全球状の空間把握って、距離が広がる毎にアホほど魔力の消費量が増えるんだよね。体内の魔力移動さえも把握出来る精度となると、どーしたって距離は犠牲にしなくちゃならないのさ。
これでも起動時に受け取った魔力パターンを覚えて効率的に魔力運用はしてるんだ。その上でなお、高い戦闘能力を保持するためには、どうしたって索敵系の魔力をケチることは出来ない。
攻撃しようとする予兆を察知し、完璧なタイミングでのカウンター。
これが対ミュラーを想定した私の、鬼ヴァルたん必勝パターンである。
ミュラーって遠距離のみでボコるとか魔力の動きを隠蔽するとかできないからね。むしろ敵わない部分があったら喜んでそこを突破しようと躍起になるでしょ。
果たして私の想定通り、態勢を整え直したミュラーは一直線に鬼ヴァルたんへと突っ込んだ。
「はああぁぁあああ!!」
裂帛の気合い。あれ正面から叩きつけられるとめっちゃ怖いんだよねぇ、殺意入ってるもん。
だが今のミュラーの相手は感情を持たない戦闘人形。
淡々と彼我の距離を計算し、攻撃の手段を予測して、最適な対処を行える効率の塊。
真正面から突っ込んでくる猪さんなど簡単に対処して――ギンギンギンッ!!――そう、ギンギンと激しく火花を散らして……あれ、攻撃受けてる?
信じられないことに、鬼ヴァルたんの肩や腰など、鍔迫り合った場所以外が攻撃を受けている。なんだあれどんな原理だと目を見張るのと時を同じくして、現状の不利を悟った鬼ヴァルたんが爆発。背部のバーニアを吹かし力業でミュラーを身体ごと吹き飛ばした。
……えー、あれだけ反応特化の性能にしたのにそれでも負けるの? ミュラーの剣術どうなってんだ。
身体は頑丈に作ったけど、そもそも鬼ヴァルたんの戦闘コンセプトは「相手が動いた瞬間に全部潰す」を基本にしている。つまり、本来なら攻撃を受けるような状況に陥らないはずなんだけど。
不意の爆発にも関わらず、ミュラーはまだまだ元気に飛び跳ねまくっている。鬼ヴァルたんの肩から放たれた魔力弾にも初見で対応。どころか距離をとる寸前、攻撃は浅めながらも鬼ヴァルたんに一撃入れる余裕まである。うっそだろ。
どう見ても鬼ヴァルたんが翻弄されている。
戦闘開始前は「もしかしたらミュラーでも手も足も出ないかもね〜?」とか思っていたのに、蓋を開けてみればこのとおり。隠し武装を展開してなお、終始鬼ヴァルたんが押されている。
反応は出来てる。対処も的確。だが、それ以上にミュラーが強い。強すぎる。
ミュラーの剣が流れるように動く度、鬼ヴァルたんの剣が必ず地面を叩いてる。誘導が完璧すぎていっそ初めから地面に向かって攻撃してるようにすら思えてきた。なんだあれなんだあれ、私は本当にあの怪物を相手にして勝てたのか? 実は夢でも見てたんじゃないか。
先手を取れているはずなのに押し切れない。対処できてるはずなのに攻撃を受ける。
ミュラーに私が勝てたのは偶然によるものでしかないのだと、私はこの時悟ったね。
「せっ、やぁああ!!」
だからね、できればね。私と互角に戦える鬼ヴァルたんを容易に倒せたって事実だけで満足してくれないかなぁって……思うんだけど……。
「――ふっ!!」
あっ、あっ、関節はダメぇ。
そこの耐久力上げるの苦労したのに、そんな集中攻撃されたら……あーあーあー。
「はあっ!」
ガラガッシャン!!
右肩を集中的に狙われ、遂に肩の装甲が弾け飛んだ。防御魔法掛かってるのにどーいうことなの。もはや乾いた笑いしか出ない。
「すごいね……」
「すごいねぇ……」
カレンちゃんと二人で中身の無い感想を漏らすことしか出来やしない。
まあ、あんだけ元気の有り余ってるミュラーに不意打ちで襲われる機会を避けられたってだけでも、ヴァルキリーたんを用意した甲斐はあったかな……?
「(あれだけ動けば満足したでしょ……)」
「(前座としては悪くないわね)」
――ソフィアは未だ、己の窮地に気付いていない!




