面倒係
初対面の老夫婦から孫に対するみたいな持て成しを受け、他人の家で我が家のように傍若無人に振る舞う某賢者からは毒にしか見えないくせに意外と美味しいお茶を頂戴し、ネムちゃんを通訳にしながらそれなりに楽しい時間を堪能した後。私達の小旅行は終わりを告げた。
振り返ってみれば、想定よりも遥かに楽しい休日だった。マリーをカイルに押し付けていたのが良い結果を産んだのかもしれない。ヴァルキリーたんで自分から楽しみにいったのも良かったかもね。
「じゃーね! またね! またあそぼーね!」
手を振るネムちゃんに手を振り返し、カイルと二人で馬車に乗り込む。
後はもう、家まで帰って休むだけだ。
……いや、その前に、その。ヴァルキリーたんの改造くらいはするかもだけど。
やっぱり実際に動かしてみるのって大事なんだと実感したよね。机上の空論だけでは華々しいロマンの塊にはならんのだと反省しきりだったよ。
――再びのキノコ部屋から王都に戻り、ネムちゃんの家からカイルと二人で帰宅する。その帰路の道中。
カイルがなんとも言えない情けない顔をしながら、私に質問を投げてきた。
「なあ……俺、必要だったか?」
今度はどんな含意があるんだい? と思ったけれど、どうやらカイルは本気で自分が呼ばれた理由が理解できなかったらしい。
私にしてみれば信じられないことなんだけど、あれだけの面倒を押し付けられても自分が役に立った自覚が無いとか、カイルの精神構造はどうなっているのだろうか。
カイルと私の立場が入れ替わっていたら私は今頃この世の不幸を嘆いていただろうことを考えると、適材適所とは実に大切な事なのだと、私は改めて実感した。
これからも面倒事は全てカイルに任せることにしよう。辛くないなら問題ないよね?
「必要だったよ? カイルはすごく役に立ってくれてた。呼んでよかったって、私感動しきりだったもん。今日は着いて来てくれて本当にありがとうね」
本気で助かったから、珍しく素直に褒めてあげちゃう。煽てるくらいで次も来てくれるなら安いもんだ。いやホントに。
試しにほら、カイルがいなかった場合を想像してみてご覧なさいよ?
――何処ともしれぬ森の奥。魔物が蔓延る危険な森には、幼く可憐な少女が二人。背後を歩むは保護者のフリしたロリコン賢者。
そもそもの話、今日の狩場を選んだのは誰だ? 一人では帰り方も分からない移動方法で私たちを誘導したのは? それらはみな同じ人物によるものでなかっただろうか?
……そう、私がネムちゃんの誘いを受けると決めたその時から。私達は既に、逃れられない蜘蛛の巣に捕らわれていたのだ――
ほらみろ、こうしてみるともはや完全に事案じゃないか。
犯罪者予備軍として今からでも捕まえておくのがいいと思うよ。騎士団のみなさん、こちらでーす!
……という冗談はまあ、この程度にしておいて。
要するにカイルは、自分に自信が無いわけですな。カイルは昔からそーゆーとこがあったね。自分を正しく評価できていないというか……。
なのでその度に私は昔っからこーして、カイルを慰めている訳であります。
「カイルとしてはきっと、今回魔物を一匹も倒してないことが気になってるんだろうけど、それでいいんだよ? カイルの今回の役割は『同行すること』。私とネムちゃんとで魔物を狩ってる間、マリーやアドラスが余計なことしないか見張っててくれるのが役割だったの。実際すごく助かったよ?」
要はストッパー役というか、抑止役というか。
ほら、信頼出来る常識人が一人いるだけで私が理性を投げ捨てられる割合が増えるからね。カイルがいたからこそ私も遠慮せずにヴァルキリーたんで遊べてたってもんですよ。
だから今日はカイルが同行してくれて感謝している。
予想外に上手く噛み合ったことは事実だけど結果が全てだ。そして今回良い結果を出したカイルには、次回も似たような事態に陥った際には是非とも出動して欲しいところ。
ひたすら褒めて煽てて気分良くさせて、「次も困ったことがあったら呼べよ」とでも言わせられれば最高なんだけど――
「……そうかぁ?」
残念。そこまで都合よくはいかなかったみたいだ。
昔はもっとちょろかったのに。カイルも変わらないようでいて着々と進化はしているようだね。
でも身長はそろそろ止まってもいいんじゃないかな。そしてその止まった分を私に寄越せや!
っとと、いけない。短気は損気だ。今は堪えろ。
今はカイルに気分良くなってもらう場面。喧嘩腰は良くない。おーけー?
カイルのメンタルは私にとっても重要だ。上機嫌なら楽に扱えるし不機嫌なら面倒な相手となる。ついでにカイルが弱ってても私はとてもとても困る。やっぱりほら、ストレスの発散場所はいつでも丈夫で安心、万全の状態で解放されてないと、ね?
「そーなの! ……だからまた何かあったら、よろしくね?」
「お前それ言いたかっただけだろ」
好きに受け取ってくれていーよー? その代わり、私が困った時にはまた助けてくれると嬉しーな♪
苦笑いしているカイルに微笑みかける。
安心しなさい、このくらいで君はへこたれたりしないハズだよ。その為に今まで私が散々鍛えてきたのだからね!!
――馬車は進む。王都の街中を、のんびりと進む。
時々車体を揺らしながらも不安を感じさせない安定感は、まるで昔から慣れ親しんだ幼馴染みとの関係のようで。
カイルとじゃれあいのような会話を続けた私の心は、気付けばすっかりと安らぎを覚えていたのだった――。
カイルのメンタルケアはソフィアの仕事(自称)。
ソフィアの手によって元気を取り戻したカイルは、再びソフィアに便利な盾として扱われるのだ……。




