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完全以上の元通り


 ……クラスメイト全員と顔を突き合わせて話すなんて、思い返せば大胆なことをしたものだなぁ。


 授業時間を侵食するなどという想定外の事態も起きたりはしたが、その甲斐もあってか、私は無事にクラスの中での弄られポジションに復帰した。


 …………なんなら怖がられる前よりも今の方が構われているかもしれない。


 人生とは本当に、ままならないものである。


「先生にお願いされてお菓子食べるとか、今考えると私ら、すごい経験したんじゃない? 伝説になっちゃうんじゃない?」


「ならソフィアは『伝説を起こした生徒』になるわね」


「聖女様ソフィア様ー! 学院で毎日お菓子を食べられるようにしてくださいー!」


「ソフィア様々ー!」


 同い年の子に抱きかかえられながら「ソフィア様」と呼ばれ弄ばれる日々。


 今更ながら、こんなのが日常というのも、それはそれでどうなのかという気がしないでもない。


 まあ、平和で何よりなんだけどね。


「毎日は無理だよぉ。先生にも『今回だけは特別に』っへへんほおはへへ(て念を押されて)……」


 あのあの、あの。喋る時狙って頬を伸ばす遊びはちょっと御遠慮願えませんかね。


 みんなホントに私のほっぺた好きよね。私も自分のほっぺた触るの好きだから、その気持ちは分かるんだけどね。


「やっぱり無理かー。ソフィアの用意してくれたチョコレート、美味しかったから毎日食べられたら幸せだと思ったのになー」


「そうよね。チョコレートは食べたことあったけれど、あんなに種類があるものだとは思っていなかったから驚いたわ。どれも本当に美味しかった!」


「本当にね! ……ただ、欲を言えばぁ、もーちょっと多めにくれても良かったんじゃない? 全然交換できなかったんだけどー?」


「あたしはクッキー生地のと中身がウエハースになってたのが特に好きだったなー。あれ全員違う味だったんでしょ? なのに一人五個しか無いんだから、どんなに頑張っても五種類の味しか楽しめない……。ねぇ、ソフィア。それって酷い話だと思わない?」


「そこだけが唯一の不満よねー……」


 あのあの、キミタチ。ほっぺたむにょる力が強くなってませんか? そんな親の仇みたいにほっぺた伸ばしてもチョコレートなんかどこからも出てきませんよ? ねぇ、ちょっと……離してー?


はへ(あれ)ふふふ(作る)はへへほ(だけでも)へっほーはいへんへ(結構大変で)……」


 ほらみろ、喋れないじゃないか。


 というか、私のほっぺた二つに対して、手が三つも四つも群がってるのおかしくないかな。君ら一度は反省したんじゃなかったの? 痛み感じてたら多分わたし怒ってるよこれ。


 私が大人しく玩具になっているのは、一重にこの扱いが、彼女達の「チョコレート美味しかった、もっと食べたい」という欲望が溢れた結果だと理解しているからだ。


 美味しいよね、チョコレート。

 ちゃんとどれも美味しく味わえるように頑張ったもん。


 でもそのせいで手間が凄かったんです。

 調理場のスペースいっぱいに材料とかチョコとか並べてね、作っては食べて、混ぜ込む材料の量を調整したりだとか、綺麗なマーブル模様が出せなくて何度か作り直したりとかね。楽しくもあったけど、苦労もそれなりにしたんですよ。


 あの苦労をもう一回はちょっとキツい。


 みんなに喜んで貰えるなら、少しくらい頑張っても……と思わなくもないけど、あれは少しの苦労じゃないから。単純に労働だから。たったの一回ですら途中から精神修行みたいになってたからね。


 それにチョコレートはまだまだ高級品で、あの量をもう一度用意してもらうのはアネットに申し訳ない気持ちが強すぎる。本人は「遠慮なくいくらでも頼って下さい!」って言ってたけど、私にも罪悪感というものがあるので。


 つまり、どう考えてもみても、みんなにチョコレートを配るなんて企画は一度限りが限界だってことだ。


 みんなに作ったチョコのアイディアはアネットにも渡してあるから、そのうちアネット商会から正式に類似商品が出るはず。みんなにはそれらが販売されるのを気長に待ってもらおう。


はほへ(あのね)はほほほはほー(あのチョコはもう)ほーひへひはひはひゃ(用意できないから)……」


「えー? 何言ってるかわかんなーい」


「こうして触ってると、ソフィアのほっぺたってマシュマロみたいよね。舐めたら甘い味がしそうというか」


「……少なくとも、甘い匂いはしてるのよねぇ」


 おーけー分かった。私の話なんて全く聞く気ないなこの子ら。


 手の届かないチョコレートより、目の前にある娯楽。


 欲望に忠実すぎていっそ清々しいね。


「……むぃっ!」


 もはや惰性のみで弄ばれていたほっぺたを魔の手から救出し、私は数分ぶりに、人の言葉を取り戻した。


「美味しいお菓子は私だって食べたいの! だから私の作ったチョコが食べたかったら、同じくらい美味しいお菓子を持ってきて!」


 ――意表を突かれたような、ポカンとした顔が並んでいる。私はそんなにおかしなことを言っただろうか。


「……いや、無理じゃん?」


「ていうかあれソフィアが作ったの?」


「そんな美味しいお菓子あったら自分で食べるわ」


 いや自分で食べないでよ。せめて私と半分こにしない?



 わいわいと賑やかさを増す午後の教室。


 楽しげな声をあげながらなおも伸ばされる数々の手に、私はもみくちゃにされ再びほっぺたの陥落を許すのだった――。


「ソフィアのほっぺたって、触ってると、なんかこう……」

「やめなくちゃと思っていても、抗えない何かがあるというか……」

「魔性のほっぺたよね」

「「それだっ!!」」


ソフィアは「魔性のほっぺた」の称号を得た。

……前から持ってたけど。

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