表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
899/1407

聖女の涙


 一言で言えば「友達に謝る用のお菓子なんです。見逃してください」というだけの話を、無駄に情感込めて語ったところ。職員室が見事に割れた。


「お菓子を持ってきたというだけのことでしょう? それの何が問題ですか?」


「それを目的にしているのが問題です。学院はあくまでも教育機関。目的外の事を推奨する訳にはいかないでしょう」


「別に推奨する訳では無いでしょう。学院には食堂だってあるし軽食も提供している。生徒がお菓子を食べるのを邪魔する理由もないでしょう」


「学食には『その場での飲食を許可する』側面もあるはずです。膨大な数の生徒がそれぞれ好き勝手にお菓子を持ってきたらどうなると思いますか? 教室での飲食や、あまつさえ廊下を行き来しながらの食べ歩きが常態化してしまったらどうします。貴方が責任を取れるとでもいうのですか?」


「そりゃ極論ってもんでしょう。今は彼女の持ってきたお菓子についての話だったはずだ」


「私もそのつもりで話しています。手頃な大きさで、畏まった場を必要としない手軽なお菓子。彼女の用意したあのお菓子がが教室で配られたのなら、殆どの生徒がその場までひとつ食べてみようと考えるとは思いませんか」


「そりゃまあ……でもそのくらいは」


「一人二人であればその認識でもいいでしょう。しかし、彼女は言いましたね。あれは特別クラス全員の分であると。……一クラス全員が、教室でお菓子を食べている状況。先生はどう思われますか」


「いやー……そう言われてしまうと……」


 どうやら私は、状況選びに失敗したらしい。


 今にも言い負かされてしまいそうな頼りないロリコン先生が在室しているタイミングではなく、お堅い口達者な先生が席を外しているタイミングをこそ狙うべきだったのだと気付くも、後の祭り。もはや趨勢は決したと言えよう。


 なんかねー、大半の意見としては「そのくらい良いのでは?」みたいな感じなんだけど、なら許可を出してくれるかと言うと「それはちょっと……」ってなるっぽい。やっぱり人数が問題らしい。


 まあ、確かにね。「とあるクラスがお菓子を食べてました。先生からの許可も貰ってるみたいです」みたいな話が広まったら、教師としてはマズイだろう。責任問題にまで発展する可能性を考えたら安易に許可を出せないのも分かる。


 これはもしかしなくても、わざわざ許可取りに来たのが失敗だったのかもしれないね。


 ……でもなぁ。あらかじめ予防線は張っておかないと、見つかる相手によってはやっぱりお母様まで連絡がいっちゃいそうだしなぁ。


 いい作戦だと思ったんだけどな、ロリコン教師が勝手に便宜を図ってくれる作戦。

 教師たちの勢力図をもっと正確に把握してたら、この作戦でも上手くいっていたのだろうか……。


 今更敗者であるロリコン先生に媚びを売ったところで許可をくれるかは微妙なところ。


 こんな流れになってしまった以上は一度諦めて仕切り直すのが順当ではあるのだけれど、それでは私が頑張って作ったお菓子が無駄になってしまう。


 嫁ぎ先が決まってるお菓子の出戻りなんて許されないことだよ。

 このチョコレートたちは、わざわざクラスメイトの好みに合わせて調整がしてあるんだ。途中で面倒くさくなっても頑張ってやり切った私の努力が無駄にされる? ……ふふふ、そんなこと許されるはずない。というか、私が許すわけないよね。


 フェルたちと、味見しながら量産して。個別にラベルとか付けて、個包装までしてさ。どれだけ大変だったか、その苦労を教えてやろうか。……って、そうだよ、教えればいいんじゃん。その方面から攻めたらきっと……うん、なんだかいけそうな気がしてきた。


「あの……もしかして、許可は頂けないのでしょうか……?」


 とりあえず、可哀想な女の子に擬態しながら頭の中を整理する。


 許可。欺瞞。優等生としての立場。相手に合わせた特製チョコレート。あとは……先生の慈悲、かな?


「これなんか、とても上手に出来たんですよ。みんながチョコレートの話題で盛り上がる中、甘い物が苦手だからと話に入れなかった方にも美味しく頂けるよう工夫を凝らした、甘さが控えめのビターチョコ。こちらの青いリボンの物はアランさん用ですね。彼は『チョコレートって美味いけど、なんかネットリしてるんだよな』と仰っていたので、食感を軽くする工夫を。可愛い物好きの子には見た目に特に力を入れましたし、他にも――」


「待て! 待て待て待ってくれ! まさか、そこにあるもの全部、お前が手ずから作ったとでも……」


「何を言っているんですか」


 実に都合の良い、望み通りの反応をしてくれた男性教諭に心の中で喝采を送りながらも、表面上はあくまでも薄幸の美少女という体を保ち続ける。


 無垢で。純粋で。

 そんな私だから、先生が()()()()()()()()()()()()()()


「クラスのみんなに、贈り物をするんです。一つ一つ、心を込めて作るのは当然でしょう?」


 ……といっても、まあ理解はされないだろうな。自分たちで料理なんか作ったことも無いだろう先生たちに、果たしてどれだけ苦労が伝わるか……。


「折角みんなに喜んでもらう為にと頑張ったのに……。本当に、残念です…………」


 とりあえず俯きながら、軽く涙なんぞ流してみた。


 ……これでも許可出なかったらどうしようかね。


お菓子の為に泣ける女、ソフィア。

とはいえ、彼女の場合。特に感情が揺れなくても泣けたりするのだけれど……。

不幸なことに、その事実を知る人物は現在、彼女の傍にはいないようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ