頼れるお姉様
突然だが、私のセンスは独創的だ。
自分ではなかなか良いセンスだと思うのだけど、周囲の反応を伺う限りにおいて、理解を得られているとは言い難い。過去には歯に衣着せぬ友人に「金貰ってもあんたのデザインした服は着たくない」と言わしめた経験さえある。
世界が変われば私の才能が認知されるかと思ったりもしたが、今のところ理解者は現れていない。
唯一近しいセンスを持つリンゼちゃんは芸術に興味がないみたいだしね。
というわけで、私の美的感覚は人には理解されにくい傾向にある。
アネットから商会の機密だという個人情報を受け取り、クラスメイト全員分の家族構成や趣味嗜好を抑えた私には、既に各人の好みに合わせたチョコレートのアイディアがあるにはあるのだけれど……自分だけが満足するものを贈っているようでは贈り物をする意味が無い。贈り物とは、相手に喜ばれるものを贈るのが基本なのだ。
チョコレートをどのように華やかに見せるか。ビターチョコレートの魅せ方はどうか、ホワイトチョコレートならどう成型するのが良いのか。
味とマッチするように定めたデザインが、贈った相手にも見事な出来栄えだと認めてもらえるかどうか。
――美的感覚の乖離。
私の懸念は、今やその一点のみにあった。
私は今――美的感覚に優れた人材を求めているのだ。
「リンゼちゃんは論外。お母様はお小言が煩そう。アイラさんのセンスは未知数。となれば、残りは……」
だがその心配も、今のメルクリス家においては不要だったりする。
我が家には様々な人材を使いこなす若き天才商会長アネットと、昔から莫大なバイタリティと圧倒的コミュ力であらゆる人の好意を勝ち取ってきた天然陽キャのお姉様がいる。
学生同士の贈り物という分野において、お姉様の右に出る者はいまい。
そう信じている私にとって、これらの問題は既に解決したも同然。
とりあえずは試作品を何点かといくつかのデザイン案を紙にまとめた資料を持って、お姉様の部屋を訪ねる事にしたのだった。
◇◇◇◇◇
「お姉様、お姉様。相談に乗って欲しいことがあるのですが」
「おねーちゃんに任せなさい!!」
相談内容を話す前に食い気味の勢いで請け負ってくれた。さすがはお姉様だ、実に頼もしい。
「まずはこれを見て下さい」
話がスムーズに進んでこれ幸いと、持ってきた試作のチョコレートを、お姉様の前にずらりと並べる。
気合を入れて模様を作ったものも中にはあるけど、殆どは味を整えて固めただけの飾り気のないチョコレートだ。
「なに? チョコレート? 食べていいの?」
「食べる前に知恵を貸してください」
それぞれ味の違うチョコレートを、溶かして固めて出来上がり。それも一つの選択肢ではあるのだろう。
だが私はもっと上を目指したい。
私からチョコを受け取った人が「えっ、これソフィアが作ったの!? 凄い! しかも美味しい!」と思わず感嘆の声を上げてしまうような、見た目と味を兼ね備えたチョコレートが作りたいのだ。
やると決めたら、全力でやる。
それが私流の人生を楽しむコツである。
「今度同じクラスの人達にこれを配ろうと思っているのですが、もう少し見た目を良く出来ないかなと思いまして。お姉様に協力して貰えたらとても心強いのですが……」
「ふーん……そうなのー」
あれ、なんか急に反応が薄くなった。というよりも、不機嫌になってる? なにか気に障ることでも言っただろうか。
もしかしたら、お姉様への貢物も用意せずに手伝いだけさせようとしたのが気に入らなかったのかもしれない。親しき仲にも礼儀ありとも言うし、どうやら私は手順を間違えたらしい。
「すみません、お姉様。私ったら自分のことばっかりで……」
「構わないわ。それよりも、協力するのに一つだけ条件を付けたいのだけど」
おっと、直接来たよ。
流石はお姉様だ、グイグイ来るね。
なんて感心している私へと、お姉様は文字通り、グイッと顔を寄せてきた。そして見事に噴火した。
「その堅苦しい話し方をやめてちょうだい! 折角ソフィアに頼られているのに、まるでお母様を相手にしてるような妙な気分になってくるわ!」
そうか。それは申し訳ないことをした。そういえばお姉様もお母様に反発し隊の仲間だったね。
私とお母様じゃ全然違うでしょ、と思いはするものの、ここは素直に謝ることにした。
「それは申し訳……ごめんね、お姉様。ほら、気を抜いて話してる時に限って、お母様ってやって来るから……」
「確かにそうね! でもここは私の部屋だもの、たとえお母様が文句を言いに来たって追い返してやるわ!」
いや、お姉様はお嫁に行ったんだから、ここはもうお姉様の部屋じゃなくて空き部屋って事になるんじゃないかな? 逆にお姉様が追い出されそう。
もしそうなったらそうなったで、私の部屋にお姉様を匿うのもいいかもしれない。お姉様と二人、姉妹水入らずで一晩中お喋りとか楽しそうだよねー。
あ、でもお姉様ももうお母さんになったんだから、幼いアジールを放ったらかしにはできないのか……そうか。
うぬぬと唸って考え込んでいると、お姉様が「ソフィア、ソフィア」と呼んでいた。
「それで、協力って私何すればいいの? 包むのでも手伝う?」
「いえ、そういうのではなく。お姉様にお願いしたいのは――」
――甘える妹に、頼られる姉。
お兄様に頼るのとはまた違ったこの緩い感じも良いものだなと、私はそんなことを考えていた――。
ソフィアちゃん的には、頼りになるお兄様はとっても素敵で最高だけど、素敵すぎて心臓に悪い感じらしいです。
なんでも「心臓が破裂しすぎて爆竹になっちゃう」らしい。言葉選びのセンスよ……。




