前世のプリン
「チョコレート?」
「はい、チョコレートが良いのではないでしょうか」
「なるほど、チョコレートね……」
人の好みは十人十色。
それがクラスメイト全員分ともなれば、好みは違って当たり前だ。
それなのに、「人によって差が出ないよう同じものをプレゼントしたい。出来れば相手に喜ばれるものを」と、自分でもいくらなんでもそれは無理じゃないかと思う難題を吹っ掛けたにも関わらず、シャルマさんはいとも容易く解答を導き出してしまった。チョコレートこそが万人受けする、プレゼントに最適なお菓子らしい。お菓子に詳しいプロメイドのお墨付きだ。
なるほど、チョコレート……。チョコレートなら男子にも喜ばれる……のか?
そもそもチョコレートって幅広くないかな、と思った辺りから段々とシャルマさんの狙いが読めてきた。
全員に同じものをプレゼントしたという事実。好みは人によって違うという現実。
一見相容れないそれら二つの条件を満たしつつ、なおかつセンス次第でいくらでもオシャレに見せることができて、大人の味から女子好みの味まで自由自在に変えられる幅広いポテンシャルを持つお菓子。
なるほど、言われてみればこれほど万人向けにカスタマイズ出来る食材もそう無いだろう。
流石はシャルマさん、これ以上ない実に的確なアドバイスだった。
「ありがとうございます。お陰で方向性が見えてきました」
「いえ、お役に立てたのなら何よりです」
迷える人を教え導くことを当然だと思っているかのようなこの微笑み。
シャルマさんってやっぱり天使の生まれ変わりだったりするんじゃないかな。いや、今世の徳で来世の天使行きが確定してる聖人様かな。
どちらにせよ、私がこの部屋へ来た目的が早々に終わってしまった。
ヘレナさんがアーサーくんの勉強についてて忙しい以上、私が成すべき役割も何も無い。
…………何も無い、んだけどぉ。
つまらなそうにしつつも真面目に勉強しているアーサーくんを眺めつつ、ちらりとシャルマさんへ視線を向けると、気が利くメイドさんは私の思考をトレースするようにお茶の準備だけを万端整えながら「どうしましょう?」と可愛らしく首を傾げた。
ホント、どうしましょうね。
ここでお菓子を食べちゃうと、アーサーくんには「やっぱりお菓子を食べに来たんじゃないか」と思われるだろう。かといって、ここまで来てお菓子も食べずに帰るというのも、それはそれで収まりが悪い。
見栄を取るか、食欲を取るか。
まあ食欲取るに決まってるよね。
「少し休んでいくことにします」
「かしこまりました」
目の前に機会が転がってるのに、見逃すなんてありえない。
シャルマさんのお菓子はいつだって美味しいんだから、滅多な事でも起こらない限り、私は常にシャルマさんのお菓子を優先する所存ですよ。
動き始めたシャルマさんを目で追って、鼻腔を擽る匂いに思いを馳せる。
未だ見ぬ今日のお菓子は主張しすぎないほのかな香り。けれど香りの中に、濃厚な甘さがぎゅぎゅっと詰まっているのが分かる。
僅かに混じった苦味のある香りはキャラメルかな? だとするなら、今日のおやつは……。
香りから想像を膨らまし、いったい何が出てくるのかと楽しみに待っていれば、目の前に差し出されたのは私の手にも収まる小さな容器。穢れのない純白の器を覗き込めば、白いキャンパスには茶色い線で描かれた蝶が優雅に羽を広げていた。
……あ。私これ、知ってる。これ前世で駅ナカにお店が来てた、確か、クリームなんたらとかいう……違う。
えっと……そうだ。クレームランヴェルセとかいう、名前を聞いただけでテンションが上がるような可愛いお菓子だ。
まあぶっちゃけ、クリームたっぷりのカスタードプリンにカラメルソースで綺麗なお花の絵が描いてあるだけなんだけど。見た目の華やかさとふわとろクリーミーな食感がまじやば激ウマって感じで最高だったんだよね。さすが北海道のはハズレ無しって感じの絶品スイーツ。
私でさえ忘れかけてた前世のスイーツが何故ここに……?
「あの、シャルマさん。これって……」
「ふふ、可愛らしいでしょう? 実は最近とある人の自伝を読んでいるのですが、そこにこのお菓子の事が載っていまして。本を参考に作ってみたんです。ソフィア様も聞き覚えがあるのではないでしょうか? 『アネット商会』という新進気鋭のお店の商会長さんの話で――」
……知らなかった。あの子自伝まで出してたの?
私の知識は好きに使っていいとは言ったけど、思ったよりもかなり手が広いな。いやまあ、美味しいものが広まる分には、私としても大歓迎だけどもさ。
「じゃあこれは試作品なんですね」
言いつつも、心配なんて皆無のまま、おもむろにパクリ。
口内に広がったのは当然、人を幸せに導く味だった。
「…………美味しいです。すごく美味しいです。美味しい以外の言葉が見つからないです……」
「お口にあったようで良かったです」
いやホント美味。美味の味ですよこれは。
アーサーくんがジト目で凝視しているのにも気付かずに、私は絶品スイーツに舌鼓を打ちながら、シャルマさんとの楽しいひと時を過ごしたのだった――。
目の前でこそこそされて、王子様はご立腹のようです。




