食い意地
雪国。
フェアリーズエデン。
サラマンドラ。
この世界で一番美味しいお菓子はどれかという難問を語る際に、決して欠かせない三つの店名。
冷菓と氷菓。
二つの頂点で世界を魅了した幻の菓子店、雪国。
自然の旨味。香りの匠。
暇人集団エルフが有り余る時間の全てを費やして研鑽したお菓子の極地。フェアリーズエデン。
食欲こそが人生だ。
猛き情動と欲望を糧にした天才が生み出す唯一無二の菓子料理、サラマンドラ。
一番を語るという前提があるにも関わらず、食通全てが口を揃えて言うことには。
「全てが至高。全てが随一。食べれば分かる、これら全てで一番だ」と。
要はこの三店で食べた者は、食べた瞬間に全て「これが一番だ!」と思うらしい。食通にあるまじき感想だと思う。
……で、アーサーくんはそんな絶品を、大体食べたことがあるらしい。羨ましいを通り越してもはや畏敬の念すら覚える。正直、王家という権力にそこまでの力があるとは思ってなかった。
だって、季節限定って季節限定なんだよ? その時期を逃したら食べられないどころか、来年にはメニューごと変わってることだってままあるんだよ? 毎年のナンバーワンが常に毎回のオンリーワンなんだよ?
そんな貴重なお菓子を、一度どころか「だいたい食べてる」だとぉ……?
アーサーくん、それは許されざるだよ。許されてはならない事態なんだよ! 自覚しようね!
「おい、ソフィア。どうかしたのか? ……もしかして、サラマンドラの料理食ったことなかったのか? 羨ましいのか?」
「羨ましいですけどなにか!!?」
サラマンドラどころか雪国のだって食べたことないわ、ちくしょーー!!!
感情のままに咆哮すると、アーサーくんがびっくりして固まっていた。その姿を見て思い出す。
……そういえば私、今日感情を優先して失敗したばっかりだったね。そのフォローをする為にここに来たんだったね。スッカリワスレテタヨー。
同じ日に二回も同じ失敗するってそうそう無いでしょ。これはもはや才能では!?
なーんて言ってみた所で私が間抜けな事実は変わらないので、とりあえずアーサーくんに素直に謝ってみることにしました。
「……ごめん、アーサーくん。ちょっと興奮した……」
クラスメイトに謝る予行練習にいいかと思ったけど、年下の男の子に詫びるのって思ってたよりハードルが高い。
覚悟レベルが足りなかったのか、恥ずかしがってるのが全面に出た謝罪になってしまった。ひーん、顔があっつい。これ絶対からかわれるやつじゃんねー……。
これが報いかと諦めた私だったが、予想と反して、アーサーくんもなにやら戸惑っているようだった。
「ああ、いや、俺こそ、その……、……ん。……そうだよな。おまえ、めちゃくちゃ食い意地張ってるもんな……」
しみじみ言うのやめてぇ。否定しきれないのが悲しくなるから。
お菓子を食べながらお菓子の相談をする為にここに来たのは事実だけども、私は生憎と、普通のお菓子にはさほど興味はなかったりするんだ。
私が興味を持つのは美味しいお菓子だけ! 食べた瞬間しあわせに到れるような、幸福アイテムとしてのお菓子だけなの!
だから私、人の家にお呼ばれされても基本的には淑女だもん。
お母様の厳しい基準をクリア出来る程度のマナーは身に付けてるし、理性を揺るがすお菓子が提供されないという条件下において、ソフィアちゃんは結構理想的な娘さんなのだっ!!
「食い意地はね、張ってないんだよ」
そこにはちょっと誤解があるねと、優しく諭そうと試みれば、アーサーくんはすぐに胡乱気な顔になった。
「……お前ほど食い意地が張ってるやつなんていないだろ」
……私ね、最近思うんだ。
なんだかアーサーくん、どんどんカイルに似てきてるんじゃないかなって。
私が絡むと男の子はみんなカイルみたいに生意気に育ってしまうのだろうか。だとしたら、私はなんと罪深い女なのだろう。
生意気男子も悪くはないけど、あんまり多いとめんどいだけよね。大小で二人もいれば必要十分な感じ。
だから小生意気担当のアーサーくんには、大きくなる前に路線変更も可能なハイブリッド男子になってもらいたいと思う。
「アーサーくんがあんまり意地悪だと、おねーさん泣いちゃうかも」
ぴえんぴえんと泣き真似を披露したら、何故かヘレナさんが食いついた。
「あのね、ソフィアちゃん。アーサー様は今、お勉強をしている最中なの。あんまり邪魔しないでおいてくれるかな……」
わあびっくり。甚だ心外な注意が来たぞう。
でもヘレナさんからの頼みを断るとシャルマさんが悲しそうな顔をするので、必然的に私はヘレナさんの要望を聞き入れるしかないのだ。部屋主だからって理由もちょっとある。
「それは失礼しました。ほら、アーサーくん。勉強に戻らないと」
「ん、ああ……」
渋るアーサーくんも可愛い。
この子がそのうちカイルみたいになると思うとやりきれないよね。
ともかく、幸か不幸か、アーサーくんが離れた。
その隙に 私はそそくさとシャルマさんの元へと近付き、当初の目的を果たすことにしたのだった――。
「……アーサーくんに、媚びを売れば……」
お菓子に魅せられ、割と本気で己のプライドを売ることを検討しているソフィアちゃん。
彼女が権力に屈する日も近いのかもしれない。




