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お菓子の相談はお菓子のプロへ


 お菓子関係の相談事なら、シャルマさんに勝る者はそうそういまい。


 その考えの元、今日も今日とてヘレナさんの研究室へとやってきた私は、クラスのみんなに謝罪を込めたお菓子を贈りたい旨を伝えてシャルマさんにアドバイスを貰おうとしていたのだが……。


「わたがしだな。わたがし以外にありえない。あれはとてもいいものだから、わたがしさえ渡せば誰だってお前の失敗くらい笑って許すに決まっている」


「誰も失敗したとは言ってないんだけど……」


 今日はアーサーくんのお勉強の日だったらしく、私の相談内容を聞いたアーサーくんがドヤ顔で綿菓子を全力プッシュしてきたのだった。


 普段なら「アーサーくん綿菓子気に入りすぎでしょ。か〜わいい♪」で済む話なんだけど、今はちょっと間が悪い。この子はうちに遊びに来るただの生意気かわいいお子様とは違って、由緒正しい王族の息子たる生意気かわいいお子様なのだ。


 つまり、ヘレナさんが逆らえない。

 ヘレナさんが逆らえないってことは、彼女のメイドに過ぎないシャルマさんはもっともっと逆らえない。


 アーサーくんが初めに「わたがし以外にありえない」と発言してしまった事で、シャルマさんが自由な発言をする機会が奪われたってことだね。いや本当に、参っちゃうよねぇ。


 ――リチャード先生が朝礼の為に教室を訪れた時、ドアを開けた途端に甘ったるい匂いが噴出し、クラス全員が綿菓子を手にしていたらどう思うだろうか? 私の仕業だとバレた瞬間にお母様の召喚が確定し、私の身柄は引き渡されることになるだろうね☆


 わー恐ろしい。綿菓子って恐ろしい。

 アーサーくんの名前を出しても許される未来が全く見えない。


 やはりお菓子は匂いが少ないもので、なおかつ女子の気を引くオシャレ感があって、それでいて男子も気に入る甘さ控えめ……うむ、やはり私の頭では限界があるな。


 助けて、シャルマえもん! と伸ばす救いの手を取ってもらう為にも、まずはアーサーくんをどうにかせねばなるまい。


 その手始めとして、私はこれみよがしに溜息を吐いた。


「アーサーくんって、やっぱりまだまだ子供なんだね。私、アーサーくんはもう少し頭のいい子だと思ってたんだけどなー」


「……なんだと?」


 おっ、乗ってきた乗ってきた。

 アーサーくんのそーゆー子供っぽいところ、私好きだよー。大好きだよー。


 ついでに言うと、私には強気なくせに権力には滅法弱いヘレナさんも結構好き。


 国王に理不尽な命令されても粛々と受け入れちゃうところなんかは見ててイライラすることもあるけど、そこも含めてなんか、生きるのが下手そうというか、庇護欲をそそる感じというか。


 生活能力が絶妙に低いところとか見てると「この人ひとりでは生きていけないんじゃないか……?」とか思ったりするもんね。この感覚は、きっとシャルマさんにも分かってもらえることと思う。


 そんなわけで、アーサーくんのする事には絶対服従のヘレナさんの為にも、私はアーサーくんをうまく誘導しなくてはならないのだ。


「アーサーくんが綿菓子を気に入ってくれたのは嬉しいし、美味しいって思うことは否定しないよ。でもね、人の好みって様々でしょう? みんなに好まれるお菓子は何かなって、じっくり考える必要があると思うの」


「わたがしの美味しさが分からないなんてバカだ」


 バッサリだね。おねーさん、アーサーくんがそこまで綿菓子ラブだったとは知らなかったよ。


「でもね、アーサーくんだって綿菓子以外のお菓子を食べるでしょう? それは綿菓子が完璧なお菓子ではないっていう証明で」


「完璧なお菓子なんかあるわけないだろ。ソフィアは相変わらずバカだな」


 ……あー言えばこー言う。


 待とう。ちょっと待とう、ソフィアおねーさん。そうとも、私は可愛くて優しいソフィアおねーさんなのだから。そう簡単に怒ったりはしないのだ。


 アーサーくんだっていつまでも子供のままじゃない。身体も成長するし知恵だってついてくる。悪口レベルだって向上するさ。


 考え方を変えよう。攻め方を変えるべきだ。


 反抗的なアーサーくんは、諭すのではなく、断絶した知識量で圧倒するのが有効だろう。

 綿菓子を雲とか言っちゃうメルヘン男子にお菓子の深淵を教えてやるのだ。


「完璧なお菓子がないって、なんで分かるの? アーサーくんはお菓子のことをどれだけ知ってるの? 世界中のお菓子を全種類食べたことがあるわけじゃないでしょ?」


 とりあえずは軽く煽りから入ってみたら、なんだか残念な者を見る目で見つめられた。どうしよう、想定していた反応と違う。


「……子供みたいなこと言うのな」


 だまらっしゃい。


 私を「何時何分何秒? 地球が何回まわった時〜?」なんて幼稚な煽りをしてくるお子ちゃまみたいな目で見るのはおやめなさない。私あーゆー人たち嫌いだから!


 普通にショックを受けてることが伝わったのか、アーサーくんは少しだけ居心地が悪そうにしていた。


「さすがに、全種類はないだろうけど。結構種類は食べてると思うぞ。雪国とか、フェアリーズエデンとか。あとサラマンドラとかの季節限定品はだいたい食べたし」


「嘘でしょ……!?」


 思わず素の声が出るくらい驚いてしまった。いやでも、嘘、ホントに……!?


 いずれも世に聞く菓子の名店。


 一瞬、アーサーくんに屈従すればそのおこぼれに預かれるのではないかという思考が過ってしまった。


 ……くっ! これが権力に屈する感覚か! これは確かに抗い難い……いやでも……!


 先人の、誇りと葛藤。その全てが詰まっている一言の意味を、私は今、真に理解した。


 そうか。これはこういう時に使う言葉だったんだね……。


「……くっ殺!」


「くっころ?」


 怪訝に眉を顰めるアーサーくんの顔が、私には、人生ガチャに成功した勝ち組に見えた――。


【くっ殺】[くっ・ころ]

一般的には「くっ、殺せ!」の意。

屈辱を強いられた女騎士などが誇りを優先するため死を選びたい時に発する鳴き声のようなもの。

気にせずに責め続けると大抵は簡単に屈服する。

「そろそろ限界が近いですよ」という合図。お約束の始まりを告げる言葉でもある。

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