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平穏を求めて


「たー!」


「とーぅ」


 ネムちゃんと二人、おざなりに剣を合わせ続ける。


 いつもと変わらない剣術の時間。けれど……僅かに漂う、小さな違和感。


 意識しなければ無視できてしまうような些細な違和感ではあるが……そこには確かに、いつもとは違う空気があった。


 ……まあこれ、私のせいなんですけどね。


 この授業が終われば残るは楽しい放課後のみ。遊びたい盛りの生徒たちにとってこの時間帯の授業に身が入らないのも至極当然ではあるが、それだけでは説明のつかない不自然さ。


 ……みんなが私の事、めっっちゃチラチラ見てくるんだよねえ!!


 いやまあ? 普段からわりと見られてはいるんだけど、今日のはダントツ。

 普段のが「……チラ。…………チラ」程度だとするなら、今日のは「チラチラチラチラ(目で追い切れない速度」くらい違う。見てくる人の総数が違うし頻度も違う。どんな時でも常に三人以上の視線は感じる。まるでゴールデンウィーク中のペンギンにでもなったような気分だった。いや、やっぱりヒトデくらいかもしれない。


 これが純粋な好意による行動ならまだ良かったんだけど……。


 誤解を恐れずに言うのならば、つまるところ、私は今クラスメイトたちから避けられている状態にあるのです。この状態はまさに、かわいさ余って憎さ百倍ってやつだね! きゃは☆


 ……いや、うそうそ。百倍の憎しみの視線とか向けられたら、ソフィアちゃん死んじゃう。


 カイルあたりによく「お前の頭ん中どうなってんの?」と言われるくらいには人の言葉を受け流すことに定評のある私だけど、私のハートは決して鋼鉄なんかで出来てはいない。視線や言葉で傷付く事だって当然あるのだ。


 なんたって乙女のハートは、甘くて脆い砂糖菓子で出来てるんだからねっ!


 …………えー、はい。こほん。

 そういうわけで、心做しかクラスメイトたちからびっみょ〜に距離を取られている現状を鑑みて、私はちょっぴり悲しい気持ちになっているわけです。己の軽率な行動を悔いていると言い換えてもいいね。


 やっばりクラスメイトに向かって《威圧》まで使ったのは失敗だったなーと思ったりもするんだけど、あの時はそうしたかったんだから仕方ない。我慢をし続けてより最悪の結果をもたらさなかっただけ良しとしよう。


 直接的な罰を与えるよりかは恐怖をもって罰とした方が後腐れが無いと思ったんだけど、それでもまだ罰の比重が重すぎたみたいなんだよねー。加減ってホント難しいよね。


《威圧》を使う前から怯えられてたという悲しい事実からは努めて意識を逸らしつつ、私はクラスのほぼ全員から怯えられているというこの状況を、どうやって改善するべきか考えていた。


 ……いっそこのままにしといてもいいのか? 少なくとも撫でられ地獄からは解放されそうだけど……。


 このままの状態が続けば、きっともう、学院で誰かに撫でられることもなくなり、ほっぺたをもにゅられることもなくなって……。


 背の小ささを揶揄(からか)われることもカイルとの仲を詮索されることもえっちぃ話に誘われることも無い、平穏無事な学院生活を送ることに……って、あれ? おかしいな。なんだかとっても魅力的な生活に思えてきたぞ??


 起こりうる未来を予測して「ちょっといいかも」なんて思ってしまったが、すぐにその考えを振り払った。


 いや、良くない。やっぱり良くない。


 私が目指したのは「みんなで楽しい学院生活」。

 私にとって多少、いやかなり過ごし易い環境になるとしても、クラスメイトの行動を恐怖で抑制してまでそれを得る事は間違っている。


 そもそも恐怖政治を敷くつもりなら、初めからそうして……じゃなくて。


 もしもの時は魔法で過去に戻ってやり直せば……でもなくて。


 うー……いかんなー。こーゆー「いざとなったら魔法で過去に戻ればいっかー」みたいな思考が私の安全を脅かしていくんだよなー。


 唯ちゃんと会った時のように、また保険を全部削り取られて運のみで生き延びるような展開は真っ平御免だ。私は安全マージンは余裕を持って取っておきたい。保険を使うこと前提の作戦なんて、戦う前から負けてるようなもんだ。


 ……ちょっといいお菓子でも作ってきて、全員に手渡しでもすれば問題ないかな。


 手間を考えるとツラいけど、信頼を取り戻すにはこれくらいはしないとね。クラスでの居心地は学院での居心地とほぼ同義だし、ここが頑張りどころだと思えば努力もできる。


 そうと決まれば、まずはアネットにでも相談してクラスメイト全員分のお菓子の好みを収集しないと――などと考えていたら、気付けばネムちゃんが打ち込みをやめていて、私のことをじっと見ていた。


「……ネムちゃん? どうかした?」


「んー……」


 尋ねてみるも、返事はあからさまな上の空。


 今度は何を言い出すのかと内心ハラハラしていると。


「ソフィア、いまお菓子のこと考えてた……?」


「……ッ! ……そうだね、考えてたよ」


「やっぱり!」


 何がやっぱりなのか。私はそれを問いたい。


「ソフィア! それ!」


「もちろんネムちゃんの分も用意するから、楽しみに待っててね」


「うん!」


 ……エスパーかな? この子はもしや、エスパーなのかな??


 時たま鋭いネムちゃんの直感力にドギマギしつつ、私は早くも、クラスメイトに配るならどんなお菓子が適当だろうかと頭を悩ませ始めるのだった。


――恐怖の刷り込み。

この日、クラスメイト一同は「やっぱりうちのクラスの中心はヒースクリフ王子じゃなくてソフィアだよな(よね)……」という思いを、強くしたとか、しないとか。

ソフィアが聞いたら「やっぱりって何!?」と吠えていたことだろう。

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