話が進まん!
「で? どんな経緯でネフィリムと魔物退治に行くことになったんだ? ……神殿騎士団で行ったのがバレたか?」
「それとは別口」
現在、諦めて相談に乗るつもりになったカイルと教室のド真ん中で密談中。
これ見よがしにひそひそ話に興じる友人たちを一瞥し「余計な噂を立てないでね?」と視線だけで念を押すと、彼女たちはいい笑顔で指を立てた。意味するところは多分、「邪魔はしないから頑張って!」あたりじゃないかと。
……まるで伝わってないけど、邪魔されないならまあいいかな。
そもそも教室で話してる時点である程度のリスクは受け入れている。
特別秘密にしなければならない話題でもないし、なによりカイルを連れ出してまた後でやいやい言われる事を考えたら、彼女たちの目の前で身の潔白を証明していた方がまだ面倒が少なそうだと思っただけだ。
この子ら、本気で娯楽に飢えてるからね。
こないだの「俺が力になるから」発言なんて聞かれたりしてたら、今頃廊下の外に見物客が集まるくらいの噂になってたに違いないよ。噂ってホント怖いよね。
「えっと、理由という程のものでもないんだけど……」
ともかく、こうしてカイルと話すこと事態がそれなりのリスクでもある。
さっさと話を済ませるためにも、カイルがその気になっている間に上手いこと丸め込まねばならない。
私はカイルに事の経緯を説明した。
恐らくは、私のかわいいメリーのせいで、ネムちゃんが魔法少女という暴力性に目覚めた事実を伏せながら。
「……え? あいつ魔物倒したことあるのか?」
「あるみたいだよ?」
幸いにして、カイルが話の違和感に気付くことは無かった。
全て「ネムちゃんだからね」で済ませられるネムちゃん最強! と心の中で拍手喝采をあげようとして……むしろ、私の方がカイルの反応に違和感を覚えていることに疑問を抱く。
生徒が魔物を倒してた。そこに驚くのは、まあ分かる。でもこの反応はそれだけじゃない。
……これは、嘆き? いやそこまで強い感情ではなく…………驚愕、動揺、衝撃といったところか? でもなんで??
カイルはネムちゃんが魔物を倒したことがあるという事実に何かしらの衝撃を受け、動揺しているようだった。
今の魔物は、正直弱い。とっても弱い。ぶっちゃけ野生のイノシシよりも弱いと思う。
あの子犬ほどにちいさくなった魔物ならば、このクラスの生徒だったら初見でも余裕で倒せるレベルだと思う。魔物特有の精神負荷を考えても、三人もいれば万が一すら起こらないと思う。
そんな雑魚魔物がネムちゃんに倒せないわけないじゃん? なのに何故そこにショックを受けるのか、意味がわからん。
「ネムちゃんが魔物倒してるとなんかおかしいの?」
分からないことは分かる人に聞くに限る。
素直に疑問を口にすると、カイルは「あー……」なんて言いながら、自分の髪をくしゃってした。唐突なイケメンポーズやめろ。
あ、ほらぁ! あそこの野次馬たちが「これは!?」って顔になっちゃったでしょ! 無駄に思わせ振りな動きしないで大人しくしてて!!
幼馴染みのみに通じるアイコンタクトで意思の疎通を試みるも、カイルは自分の世界に入り込んでて「ああいや、今の状況なら、別におかしくはないのか……」なんて一人で何かを納得している。かと思えば、不意に私を見下ろしてきて。
「……そうか。ソフィアは知らないんだな」
などと謎マウントを取る始末。
なんだこいつ。私に喧嘩売ってるのかな?
随分とまあ男らしい真似をしてくれるじゃないの、カイルくん? と心からの笑顔を浮かべれば、私の顔を見たカイルがピキーンと固まり動きを止めた。
うん? なんだい? まさかあれだけ煽っておいて故意じゃなかったとでも???
「……なんか、怒ってる、よな……? わりぃ……! 今のは別に、お前をバカにした訳じゃなくて……!」
……どうやら本当に故意じゃなかったらしい。ちょっと引くくらいの情けない顔で謝られた。
そっか。うん。わざとじゃないのか。
……分かったから、お願いだからもう謝るのやめて? なんでカイルはそう次から次へとサービスを過剰に提供しちゃうの。お前実はあそこの子達と組んで私をからかったりしてないだろうな。水を得た魚みたいに爛々とした目がこっち見てて怖いんですけど!
本当におねがいだから、後で弄られるのは同性である私なんだからもっと普通に、何事もない感じで話をしてよね! 実際何も無いんだからいちいち変な反応とかしなくていいの! というか、もうお前は動くな! 会話以外の行動は一切禁止!
……視線を何度も行き来させて、なんとかカイルを落ち着かせることに成功した。ついでに私達は常時監視されてるという状況を把握させることもできた。私、ちょー頑張りました。
ようやく落ち着いて話が出来るようになったので、会話を再開。
その段になってようやく私は、騎士の家では昔から「魔物を倒すことは騎士の誉れ」という考え方があるのだという事実を知った。その為にカイルは、成人前のネムちゃんが魔物を倒したことに驚いたのだと。
もちろん、魔物が急増した現在では状況がまるで違う。もはや形骸化した常識である。
――たったそれだけの話を聞き出すのにこれだけの苦労をしたのだと知って、私は思わず机に額をぶっつけてしまった。ゴン、と実に良い音が響いた。
「……カイル。知らないことは、普通に教えてくれるだけでいいから。小芝居的なのいらないから。分かった?」
「ああ、わかったよ……」
分かってくれて、私も嬉しい。
これでようやく、まともな相談が始められそうだった――。
「見てるだけで癒されますな〜」
「至福」
「それには完全に同意するけど、今日のカイルくん、ちょっと情緒不安定すぎじゃない?心配だな」
「そこはほら」
「ソフィアさんがいるから大丈夫なのではないかしら?」
「……ってことだ。私も今、ちょうどそう言おうと思ってた!」
「分かる。あれはもはや夫婦の領域」
「あの二人ってしょっちゅう目だけで会話してるよね〜」




