幼馴染みは純粋無垢
教室に戻った私は、カイルに相談を持ちかけていた。
「ネムちゃん連れて魔物退治に行くことになったんだけど、どうすればいいと思う?」
「とりあえずお前は海よりも深く反省をしろ」
あ、そーゆーのはさっき意地悪な大人に散々言われたのでもう結構です。悪口はホントにもう、お腹いっぱいなんで。
小さくて可愛い優等生である私に対して「愚かだな」だの「餌付けするしか脳がないのか」だの、嫌味を山盛りトッピングして何故かネムちゃんの扱い方マウントを取ってきたあの器が極小サイズの男に比べたら、カイルなんて可愛いものではあるけどさ。それでも何回も聞きたい類の言葉じゃないんだよね。
カイルの悪口くらいだと、そうだなー……お菓子のお皿の横をありんこが一匹通りすぎた、くらいの不快度かな?
ちなみにあのロリコン賢者の不快度はティータイムに乱入してきて近くでギャンギャンワウワウ吠えまくる躾のなってない犬って感じかな。無駄にデカいし喧しくて堪らん。けど反撃されるのが怖くて手は出してこない感じ。
構って貰えなくて淋しい構ってちゃんかよっていうね。あの人マジでネムちゃん以外に親しい人いないんじゃないかな。
ともかく、私に痛痒を与えることさえできない無力なカイルの言葉は聞き流すに限る。
どこぞの小さい男とは違って、とーっても心の広い私は、カイルが女の子の言葉にはつい反発しちゃうような恥ずかしがり屋さんだってことを理解してる。だからそんなつまんないことで怒ったりはしないのだ。
それどころか、カイルが自ら進んで私に協力したくなるようにだってしてあげちゃう。
ああ、私ってばなーんて慈悲深いんだろ!
……我ながら白々しいことを考えながら、不穏な空気を察してか警戒するカイルへと、必殺の言葉を囁いた。
「……力になってくれるんでしょ?」
「……!」
……くふ。くふふ。くふふふふ。
カイルよ、あの言葉はあまりにも迂闊だったね。
私の逃げ場を塞ぐ目的もあったのかもしれないけど、私と親しい人の前でのあの発言は、もう証人にしてくれって言ってるようなもんじゃんね。なんならこうして協力を求められることを望んでいたとしか思えないよねぇ?
まあ実際は、危ないタイミングだったりもしたんだけどさ。
私が創造神兼異母妹でもある唯ちゃんとの邂逅を果たす前にあんな熱意で迫られてたら、うっかり、その、心の隙間に、カイルの存在が根付いちゃってた可能性もあったかもしれないけどね。
幸か不幸か、カイルに晒した私の心の大穴は、唯ちゃんという可愛くて可憐な美少女の登場により応急修理が完了しているのだ。
唯ちゃんとカイルとでは満たされる感情に違いはあるけど、それはそれ。
長年この世界の異物としての自覚を持ちながら生き永らえてきた私としては、異世界人+異性というふたつの不安要素を持つカイルよりかは、同郷出身で同性でもある唯ちゃんの方がいくらか安心できるというものだ。
カイルもねー、幼い頃からほぼほぼ私が育ててきたようなもんだし、結構信頼はしてるんだけどねー。たまーに暴走しちゃう悪癖があるからねー。完全に寄り掛かるのは不安というか。
人に依存して弱気を出すより、今まで孤独に苦しんできた唯ちゃんの寄る辺にでもなってる方が私らしい気もするしね。
「で? カイル、返事が聞こえないんだけど? 私が困っている時には必ず力になってくれると約束してくれたカイルくんは何処にいっちゃったのかな〜?」
結局私とカイルの関係は、このくらいが丁度いいんだろうな。
ぶっちゃけカイルって、あんまり頼りにならないからね。
私としょっちゅうやりあってたお陰か意外と頭は回ったりもするけど、あれだけのドーピングをしてやったのに戦闘力の伸びは今ひとつ。将来性を加味しても、まあ……所詮は幼馴染みの男の子レベルって言うか。
……いやまあ、そこは他の友人たちがおかしいだけかもしれないんだけどさ。
特にカレンちゃんの魔力制御。あれ明らかに異常だから。
カレンちゃんって瞬間的に動かしてる魔力の量が尋常じゃないんだよね。制御に失敗したらあれ、普通に腕がボンッて爆発すると思うんだけど……なんで一度も失敗しないんだろうね。
もうそういうものとして認識してるからいいけど、改めて考えるとリスクの塊。
あの緻密な魔力制御を、もしも意識下で行えるとしたら……うおお、ミュラーより相手にしたくない。天才の相手は同じく天才のミュラーさんにお願いしよう。
――などと、私が友人たちの才能格差について考えていると。
「……お前、それやめろよ。お前のそれが空元気なのか、本心なのか、俺にはもう分かんねぇんだよ……!」
カイルがなんか、めっちゃシリアスな雰囲気になってました。
やっぱカイルの前で本心晒したのは失敗だったな。カイルってこれで結構な真面目ちゃんだからなぁ……。
カイルとの馬鹿なやり取りが出来なくなるのは、私にとってかなりの損失だ。つまり、認める訳にはいかない事態。
こーゆー時はどうするべきかなー……。
大いに悩……んだりすることもなく、私は震えるほどに固く握り締められたカイルの拳を労わるように、そっと手のひらで包み込んだ。
「カイル……」
顔を上げたカイルと視線が交わる。
あまりに純粋で、大きくなった身体に反してあまりに子供の頃のままなカイルの瞳に、私は優しく語りかけた。
「私がもしも、カイルを揶揄うのは好きじゃない、実は嫌々やってたんだ、って言ったら……カイルはそれを信じるの……?」
「……!」
大きく目を見開いたカイル。彼が出した答えは――
「……………………それは、ないな……」
「でしょう?」
つまりはそーゆー事なんですよ。
悩みが解決してよかったね? 心優しい幼馴染みに感謝してくれてもいいのよ!
「あれ、普通男女逆じゃない?」
「いやあれはあれでアリでしょ。ソフィアってわりと男前だし」
「分かる!ソフィアって時々すごくカッコイイわよね!」
「実は男の子だったりして」
「ないでしょ」
「それはないでしょうけど……でも正直、ソフィアが胸のないお子様体型なお陰で、助かってる子もいるのよね」
「あー、あれね。確かに異状性癖者の視線がみんなソフィアにいくのは助かって――って待った。バレた。ソフィアめっちゃ睨んでる」
「え、なんで!?会話聞こえてないよね!?」
「いいから。逃げるよ!」




