探究の賢者は苦労性
「お前が持たせたソレのせいでこちらは大変迷惑している。処分されるのが嫌ならさっさと連れて帰れ」
「(とは言ってるけど、ボクの魔石をチャージしてくれるのはこの人のことが多いですモン。マスターの要求に応えられなくて困ってた時にも新しい魔石を埋め込んでくれたりしてましたモン。メリーの話とは違って、意外と親切な御仁ですモン)」
ネムちゃんが「やだ!! 絶対やーだー!」とマリーを抱き締め拒絶するのを冷ややかな目で見下ろしながら、賢者アドラスはさらに私に言い募る。
「大体、ソレに別個体がいるとは聞いていないぞ。お前の家では人形に人の魂を容れ込む実験でもしているのか? 危険な実験をしているのなら当然、陛下に通達する義務があるはずだが……不思議なことに、私はそんな話を陛下から聞いた覚えがないな。陛下の魔法指南役であるこの私が、だ。これはおかしな事だとは思わないか?」
へー、このおっさんやたら王様と仲良いと思ってたけどそういう関係だったんだー。ヘレナさんと較べてやたらと贔屓されてるし、実はホモ友達とかなんじゃないかと疑ってたけど違ったんだー。あー良かった。
私は腐った乙女ではないので、おっさんのホモとかいらないからね。
イケメン国王とフツメン賢者とか、劣等感やら才能やらがぐちゃぐちゃに絡んできそうで好きな人には堪らない組み合わせなんだろうなーとは思うけど、私にはなーんにも関係ないね。強いて言うなら、王様はヘレナさんを正当に評価しろやってくらいかな。エコヒイキいくない。
そりゃ私はこの人の研究成果とか大して知らないけどさ。それでも、ヘレナさんの研究成果がお母様にとっても驚くに値するものだということくらいは知っている。それはつまり、ヘレナさんの才能は、既に賢者の一人に認められているということだ。
「それはそれは、不思議なことがあるものですね。私の魔法に関しては全て【賢者】である私の母より国王陛下のお耳には届いているはずなのですが……貴方は、聞いていないと。そうでしたか。……聞いていないということは、貴方には聞かせる必要が無いと国王陛下がお決めになられたのではないですか?」
「それはない。……はずだ」
あらま即答。随分とあの王様を信頼しておられるようで。
でも私が嘘を言っていないということも理解したようで、片眉を上げた不可解そうな顔で睨まれた。そんな顔向けられたって知らんもんは知らん。あとで大好き陛下にでも聞いてきなさいよ。
私にしてみれば、今言った以上の感想などないのだ。
お母様が報告忘れなんてマヌケな真似をするはずがないし、意図的に隠す意味なんてもっと無い。
お母様から王様に伝わっているのが確実な以上、それ以降どこまで情報が広がっているかなんて私には正直どうだっていい。できれば王妃様には伝えないでおいてもらえると助かるかなーとは思ったりもするけど、既にだいぶ筒抜けてる予感がする。
アーサーくんと会う度にさ、毎回彼が言うのよ。「母上がソフィアに期待してるって言ってたぞ」って。
あの言伝にはいったいどんな意味があるんだろうね。「そのうち頼み事するから断らないでね?」という意味に聞こえるのが私の被害妄想だったら嬉しいのだけど。
私とアドラスの会話がひと段落すると、それまでマリーを庇っていたネムちゃんが「せんせー!」と目の前の男を呼んだ。「なんだ」と素っ気なく返す男にマリーを突き出すネムちゃん。私は今、人身……もとい、ぬいぐるみ売買の現場を見た。
「魔力入れて!」
違った。マリーのご飯要求だった。というか、それまで「処分する」とか言ってた人に普通に渡しちゃう神経が私には理解できない。これもひとつの信頼の形なんだろうか。
まあマリーも抵抗していないので、危険は無いのだろう。いざとなったら私もいるしね。
「ああ、分かった。こちらへ寄越せ」
私の目の前で、マリーの身柄が受け渡される。
そしてネムちゃんはいつまで、その……魔王将軍? の姿でいるのだろうか。この部屋の中ならいいけど、まさか教室に戻る時までその格好のままってことは、流石にない……よね?
……今からでもあの姿のネムちゃんと一緒に教室に入る覚悟をしておくべきだろうか。
どうしよう、なんか胸がドキドキしてきた。もっと素敵な理由でドキドキしたい。
「これで足りるか」
「博士、ありがとうだモン」
マリーちゃんも普通にお礼言ってるし。
本当に普段から魔力の補充をしてもらっているんだなというのが、その自然体な雰囲気からよく分かった。
そもそもあの無駄に魔法使いまくりの魔法少女の変身シーン的なのとかやらなければ、マリーに魔力の補充なんて必要ないはずなのに。例の悪意魔力変換で足りないとかあの変身にどんだけの魔力注ぎ込んでんの。《しゃべるくん》に《浮遊》に《透明化》だっけ? ……いや、絶対まだなんかやってるな。消費した魔力と残量との計算が合わない。……あの変身シーンで、マリーは他に何をしてた?
「ねーせんせー」
「……………………なんだ」
考える私の耳に、二人の声が聞こえてくる。師匠を頼る弟子に対してなんて声を出すんだこいつ。
やっぱり私、この人のこと嫌い――
「変身したから魔物倒したい」
「……無言の娘。なんとかしろ」
「無理です」
なんでこっちに振ってくる!? やっぱり私、こいつのこと嫌いだあぁ!!
「(ネムちゃんって家でもこんな感じなの?)」
「(そうだモン。マスターはご主人様と一緒で欲望に忠実なんだモン)」
ソフィアは不服そうな表情を浮かべた。




