魔法……、魔法少女とは……?
ロリコン疑惑のあるおっさん賢者からネムちゃんを守る為に預けていたマリーが、いつの間にか痛々しい語尾を付けて喋る、自称魔法少女のマスコットになっていた。
何がどうしてそうなったんだろうね。私にゃもうわけがわからないよ。
というか、なんだ魔法少女って。魔法なんてここにいる全員が使えるでしょうが。
ネムちゃんが魔法少女なら私だって魔法少女だし、貴族の子女なら漏れなくみーんな魔法少女だ。となるとこの学院は、さしずめ魔法少女育成組織ってことにでもなるのかな?
ははは、アイドルだけじゃなくて魔法少女までもが数十人のグループを作る時代か。悪役さんは人材の確保を頑張らないと数の暴力で簡単に負けちゃいそうだね〜。
今どきの正義は勝てば官軍みたいなとこが割とあるから、敵側も数で対抗しないと勝負にすらならなさそうだ。となると、常に映画版みたいなオールスターで戦うことにでもなるのかな。
毎話数十人の敵味方が入り乱れる魔法少女アニメとかめっちゃ内容薄くなりそう。人気最下位の魔法少女とか最終話で数秒しか映らなかったりとかしそうだよねそれ。
あ、しかも魔法使える女の人が魔法少女ならお母様だって魔法少女ってことになるんじゃないか?
魔法少女無言ちゃんとして祭り上げられる、フリフリの衣装を着たお母様。やばいウケるわ。
――なんて、楽しい妄想も悪くは無いけど。
いくら現実逃避をしたところで、悪い予感は消えてはくれない。むしろ現実から目を背ければ背けた分だけ絶望が深まっていく気さえしてくる……。
実際にアニメの様な魔法少女活動をネムちゃんがしていたのだとしたら、ネムちゃんにその思想をもたらしたマリー――ひいてはその概念を吹き込んだ私が責任を問われる事態になる可能性が非常に濃厚。魔法少女の衣装を着てない極悪笑顔のお母様に雷を落とされる未来が容易に想像できてしまう。
学生の本分は勉学に励むことだと分かってはいる。
だけどどれだけ授業に集中しようと思っても、既にネムちゃんがやらかしている可能性を思えば、とても落ち着いてなんていられなかった。
……それが、どういう結果に繋がるか。
つまり、私はもう――我慢が限界まできていたのだ。
一度聞くと決めてしまえば、あとは悩むことも無い。
今は授業中かもしれないけど、でもほら。落ち着いて勉強に集中できる環境を作ることも大事だからね。集中できないと記憶力も思考力もボロボロになっちゃうし!
そんな言い訳を心の中で唱えつつ。
私は疑問に思ったことを全て聞き出す勢いで、精神の安定と心からの安心を得られる事を祈りながら、マリーへの尋問を開始したのだった。
「(なんで魔法少女?)」
「(魔法少女は正義の味方だからだモン! 正義を執行するには魔法少女の力がいるんだモン!)」
「(魔法少女の力ってなに?)」
「(愛と勇気に決まってるモン! それが悪に打ち勝つ力になるんだモン!)」
「(……悪って、なに? 魔法少女になったネムちゃんは具体的にどんなことしてるの?)」
「(悪は世界に蔓延る魔物だモン! 昨日は博士にお願いされた場所にいた魔物を倒して、ご褒美に魔石を貰ったモン!)」
「(博士? 博士って誰のこと?)」
「(魔法少女の支援者、アドラス博士だモン!)」
聞いた事になんでも答えてくれるのは助かるねー。
でももしも一つだけ贅沢を言えるのなら、変な活動はしないで大人しくしていて欲しかったなー、って感じかなー……。
心の中で一拍、間を置いて。
マリーの発言の意味を何度か反芻した後に。私は心の中で、特大級のツッコミを入れた。
――……アドラスって、マリーに監視をお願いしたロリコン賢者じゃん? なに懐柔されてんのマリーちゃんん!??
昼休みまで我慢できず、無理矢理に自分を納得させて授業中に聞き取りを開始することを決定した私は、早くも己の判断を後悔し始めていた。こんなの聞いたらますます授業どころじゃないんですけど!?
衝撃の事実が発覚したことで思わず頭を抱えてしまったが、今は授業の真っ最中。
私の奇異な行動は当然、教師の目に留まる事となった。
「メルクリスさん、何か気になるところがありましたか?」
若い女性教師の言葉と視線に、教室中の注意が集まっているのを感じる。
「このクラスが主役の魔法少女アニメだったら、タイトルは何キュアになるんだろうなーと考えてました」なんて答えるつもりの無い私は、即座に頭を淑女モードに切り替えた。
「すみません。顔の近くを虫が飛んでいたもので、思わず驚いてしまいました。授業を中断させてしまい、大変申し訳ありませんでした」
音もなく立ち上がり、深々と謝罪をする。
お母様から「ソフィアは謝罪だけは見事ですね」と褒められた私の謝罪は当然教師にも受け入れられ、最後にもう一度だけ謝罪を繰り返した後、私は着席と同時に、誰にも気付かれぬよう密かに息を吐き出した。
…………マリーのこと、メリーにどう報告しよう。
いっそ黙っておくべきかな? その前に、ネムちゃんにも話を聞くのが先だろうか……?
質問に答えてもらったはずが何故か疑問の増えた問題に頭を悩ませつつ、私は残りの授業時間を、澄まし顔で過ごすのだった。
「ソフィアって謝り慣れてるよな」
「カイルくん?憶測でものを言うのはやめてくれない?」
「いや、憶測っていうか……皆もそう思ってるだろ?」
「そんなわけないじゃん。ねぇ、みんな?」
「…………」
「…………」
「……………………え?」
誰も目を合わせてくれない現実。
ソフィアは心にダメージを受けた。




