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魔法少女のマスコット


 学院には毎日、大勢の人が集まる。


 その中には、友達もいれば知り合いもいる。おじいちゃん先生がいれば掃除をしに通っている幼い少年だっている。


 廊下でやたらと遭遇率が高いにも関わらず一度も会話を交わしたことの無い人もいれば、毎日決まった時間に決まった場所を通る超絶几帳面な人だっている。


 人の数だけ個性がある。

 人が増えれば増えただけ、未知の出来事と遭遇する可能性は高まる。


 多くの人達が同じ空間に集まるこの特殊な環境下において、私はその「未知」を楽しみにしていると言っても過言ではない。


 ……でも、物事には限度があるっていうかね?


 極論、どれだけ奇抜でどれだけ狂った性格の人がいようと「あの人すごく面白いなー。……見てる分には」と、他人事でいられる安全圏があるわけさ。普通は。

 むしろそれが人間観察の醍醐味と言ってもいい。


「見ている世界」と「自分」は隔絶していて、観察対象が自分と関わりのある人だとしても、それは「相手と関わっている自分」も含めて観察しているというか、結局のところ第三者視点で眺めているような感覚であることが多い。教師に対して媚びを売ったりしてる時なんかがまさにそれだ。


 でも、稀に観察では済まなくなることがある。

 急いで対処しないと私の学院生活での前提が崩れるような、そんなピンチも数少ないが、偶にはある。


 今の状況がそれだと思う。


 私は念話の発信元である、ネムちゃんのカバンから覗くぬいぐるみの頭部を見つめながら、頭の中に響く言葉に辟易していた。


「(流石はご主人様だモン。ご主人様はマスターの素養をいち早く見抜いて僕を託されたんだモンね!)」


 ――なんだこのけったいな語尾の謎生物は。


 先日まで普通に受け答えをしていたマリーの奇妙すぎる変化を目の当たりにして、私は薄ら寒いものを感じていた――。



 ……そもそも、意志を持ってて会話ができて、好き勝手に動き回るどころか宙にだって浮くクマのぬいぐるみが謎生物でなければなんなのかという問題は、この際脇に置いておこう。


 元がぬいぐるみなのだから生物(ナマモノ)である筈が無いとか、そーゆー話ではなく。


 メリーとは違い比較的温厚でいて、メリーと比べたらまだ常識的だと思っていたマリーが、こうもおかしくなってしまった事が問題なのだ。


 ――変化の裏には、必ずそうなるに至った理由がある。


 なんてことをわざわざ考えるまでもなく、理由なんてひとつしかないに決まっていた。


「(……ネムちゃんのトコで、何があったの?)」


 マリーをネムちゃんに預けたら、マリーに変化が起きていた。


 不思議だね。こうして改めて考えると、むしろ今まで無事だったことの方が異常なんじゃないかって思えてくるんだからさ。


 マリーは元気いっぱいに返答する。


「(特に異常はなかったですモン!)」


 …………私には異常しか見つからないんだけど? 認識機能まで狂ったのかな?


 その異常なテンションを追及すべきか、はたまた「特に」の内容を追及するべきなのか。


 日和(ひよ)った私は、とりあえず存在感の主張が激しすぎる独特な語尾について聞いてみることにした。


「(その『〜だモン!』って語尾はなんなの?)」


 繋いだ念話から思念が伝わる。


 マリーは私の質問に対して、誇らしい感情を抱いたようだ。


「(これはご主人様に頼まれた、魔法少女のマスコットとしてのお仕事ですモン!)」


 …………魔法少女って、なんですか……?


 頼んでない。そんなことは頼んでないよ、マリーちゃん……。それどこの世界線のお話ですか……?


 世界線といえば、そういえば最近、何回か過去に戻ったりしたなと思い出した。まさかそこで記憶がごっちゃになったとか……?


 念の為に記憶を洗い直してみたが、マリーに「魔法少女のマスコットになれ」と強要した記憶なんかなかった。


 当然だ。そもそも一度だってした覚えのない出来事は記憶を確かめるまでもなくやってないに決まっている。ゼロは何回繰り返したってゼロなんですよマリーちゃん。


 ……どうやら私も、それなりに混乱しているらしい。

 まさか魔法が当たり前に存在するこの世界で魔法少女なんて言葉を聞くことになるとは思わなかった。その希少な機会が学院の教室でというのがまた気恥しさを助長している。この念話を傍受できる存在がいたなら「私は魔法少女とか言ってませんから!」と弁明してるだろうこと請け合いの恥ずかしさである。この歳になって魔法少女とは……。


 …………もしかしてネムちゃんも、「魔法少女だひゃっほう☆」とかやっちゃったりしたんだろうか。


 いや私がそれをやってたってわけじゃなくてね?

 本当に小さい時、初めて魔法が使えるようになった頃にちょろっと似たようなことをやったってだけでね? この歳になってから、というか子供の頃以外でそんな痛々しいこと、流石にやってないからね??


 とにかく、ネムちゃんが魔法少女になったのは分かった。いや分かってない。


 訳が分からないけど、訳が分からない事態になってそうだということだけは嫌になるほどに伝わってきた。


「(とりあえず、後で状況を説明してね)」


「(わかったモン!)」


 ……本当に分かってるのか? いや、聞くまい。今は授業に集中せねば。


 朝の和やかな時間が終わりを告げ、教室の空気が授業の始まる空気に切り替わるのを感じながら、私はお昼休みにマリーから詳しい事情を聞く覚悟を決めた。


 ……ネムちゃんが、魔法少女になった事情。


 正直聞くのが怖いんだけど……。聞いておかないとダメだよね、これ……。


(気付かなければよかった……聞かなければよかった……。でも放置してたら私にも被害が及ぶ可能性があるし、ネムちゃんが暴走してマリーの存在が公になればお母様に叱られるのは私だし……)


授業には当然、集中できなかった。

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