ずっと今だけを見つめていたい
人形っていいよね。
太りもしなければ老化もしないし、常に美しい状態であることが当然なのってとても素晴らしいことだと思うの。
家に帰ってから現実逃避のように作り始めた「戦乙女ヴァルキリーたん」の新規顔パーツ作成に没頭しつつ、私はそんなことを考えていた。
そもそも……そう、そもそもの話。人間というのは実に不完全な存在ではないかと思うのだ。
簡単に揺れ動く感情。安定しないパフォーマンス。
環境さえ整えれば常に一定の成果を約束してくれる機械とは比べ物にならない非効率さ。いや、いっそ非効率の極みと評しても過言ではないのかもしれない。
その非効率さこそが人間の魅力だと感じる人もいるかもしれないが、少なくとも私は、人間とは比較にならない幾つもの利点を持つ機械こそが、ある意味完成された人間の姿なのではないかと思うのだ。
……………………いやまあ、「思わされた」と言った方が、より適切なのかもしれないけど。
三度作り直し、それでもなお記憶の中にある「前世の自分の顔」よりも数段美化された顔パーツを見つめ直し、私は悟った。
――ブサイクだった頃の自分の顔を作るのって、ある種の拷問なのではなかろうか、と。
「つらい」
私って、こんな救いようのないブサイク顔だったっけ……?
こんなんじゃもう、ネムちゃんの凡人顔師匠をバカになんてできっこないよぅ……。
作っても作っても、どーしても違和感が拭い切れない。
初めの作品から既にだいぶ崩しまくったというのに、これでもまだ足りないと申されるか。私の顔は一体どれほど崩れていたというのだろうか。「美人ではないけど悪くは無くない?」を自称していた私はとんだナルシストだったというわけだね。ふふっ、昔の私は本当に現実が見えていなくて……世の中には、本当に美人な人がわんさかといて……うふふ……。
……満足いく出来になっても心が折れそうだし、満足いく出来にならなくても心が折れそうとか、私はもうどうしたらいいんだろうね。あらかじめ自分でベキベキにへし折っておくべきなのかな。はは、あはは……。
「つらい……」
「そうなの? 随分と楽しそうに見えるのだけど」
再び漏れた心の悲鳴に対するリンゼちゃんの感想が非道すぎるんですけど。
人の不幸を楽しむのは良くないことだって、ソフィアお姉ちゃんは思うな。
「楽しくないよ。全然全く楽しくないよ。楽しくなる為には前世の人生からやり直さなくちゃならないレベルで楽しくないよ!!」
いったい私のどこを見たら楽しそうになど見えるというのか。理解に苦しむ!
見当外れの感想を全力で否定すると、リンゼちゃんは「そう」とさもどうでもよさそうに答えた。もうちょっと私に興味持って。
「リンゼちゃん。美人っていうのは才能なんだよ。生まれた時から定められてる運命なんだよ。顔の美醜で幸福になれるかどうかが決まっていると言っても過言ではないくらいに人生において重要な要素なんだよ人の顔っていうものはね!!」
分かるかい幼き美少女さんよう!? と若干変なテンションになっているのを自覚しつつ、手に持った前世マスクをチラ見せする。
貴族階級=美男美女が大多数を占める今世の知り合いどころか平民階級であるはずのメイドたちと比べてすら大きく見劣りをする前世の私の顔(に見えなくもない美人度補正済み)パーツ。これに対する反応が欲しい気もするけど、辛辣な言葉は怖い乙女心。リンゼちゃんってほら、容赦ないからさ。
感想が欲しい。いや、やっぱりいらない。聞きたくない。
不安に揺れる私の心を表すように、チラッ、チラリと主張しすぎない程度に存在感を示していた顔パーツに、リンゼちゃんの視線が向けられ、不思議そうに首を傾げたのを認識して――。
「……? 今の話とあなたが作っているその変なお面はなにか関係があるの?」
――私の心は著しい損傷を負った。いわゆる致命傷ってやつだね。きゃはっ☆
……へ、変なお面か。そうね。整った顔があまりにありふれたこの世界において、前世の私の顔は変なお面と呼ばれてもしょうがない代物でしょうね。
あまつさえその変なお面の方がまだマシな出来だっていうんだから、前世で生きていた頃の私はどれだけ醜い顔を自覚なく晒して生きてきたんだって話ですよね。ましてや他人を見下して、自分はまだマシな方、割と悪くない方、だなんて。鏡の見方を知らなかったんですねきっと。うふふ。
……JKってだけで価値があるだなんて、ホント、勘違いも甚だしいよね。
マジで生きててごめんなさいって感じ。あ、もう死んじゃったんだっけ?
それなら驕りたかぶってたクソ生意気勘違いJKでも、次の人生くらいは幸せに生きるのを許されるかな? むしろ許されたから今世ではこんなに美人な女の子の中に転生させてくれたのかな? なーんて……はは……。
…………今世での「美人」ってのも自分で思い込んでるだけだったらどうしようね。ソフィアちゃん、本気で立ち直れなくなりそう。
「……リンゼちゃん。私って美人だと思う?」
聞いてからすぐに後悔した。
これ否定されたら死にたくならない? 早まったんじゃない?
「ソフィアは間違いなく美人でしょう。他の人と比べても突き抜けて整った容姿だと思うわよ」
「そう思う〜〜? そうだよねぇ〜〜!!」
ひゃっほう救われた! 私の心は無事にレスキューされたよ! ひゃっほい!
――人の価値は美醜で決まる。そして今、私は美人だ。
結果良ければ全て良し。
過去の偉人はかくも偉大な言葉を残したものだと、私は名も知らぬ偉人に敬意を捧げた。
美しいものを見慣れ過ぎたソフィアにとって、過去の自分の顔は悪夢そのもの。
自分では悪くない方だと思っていただけに、改めて見るとショックが大きかったらしい。




