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アウェーと化した楽園


 カイルが関わると、私って大抵ろくなことないよね。


 知ってたはずなのに、なんで私は毎回窮地に陥っているんだろうか。私って案外バカなのかもしれない。


「ソフィアちゃんも隅に置けないわね。こんなこと言ってくれる男の子がいるだなんて」


 わざわざ耳元にまで寄ってきて、こそこそっと楽しげに囁くヘレナさんの言葉を聞き流し。死んだ目で、呑気にお菓子を食べている幼馴染みを流し見る。


 ――こいつ、本当に脳みそ入ってんのか? 実は中身空洞なんじゃないか?


 言いたいことだけ言って満足したカイルのせいで、私の精神は著しい辱めを受けた。いつか絶対仕返しするから覚えてろよマジで。



 ――女の子の元に、男の子がやってきました。


 男の子は言いました。


「悪かった」

「ずっと一緒にいたのに、お前の気持ちに気付いてやれなくて」

「これからは俺が力になるから」


 真剣な眼差しでした。熱の篭った声でした。傍で聞いていた大人は大はしゃぎです。


 挙句には「お前の兄貴にも認められるように頑張るからな」との発言も。

 これにはヘレナさんだけでなく、シャルマさんまでもが目を輝かせて反応した。


 ここまで条件が揃ってしまっては、たとえどれだけ理論立てて弁明したところでもはや恥ずかしがった言い訳としか受け取って貰えない未来が見えます。ちくしょうめ。


 つーかマジで言葉選びどうにかしろバカイル。

 お前それわざとやってんだろそうだよなそうだと言えそしたら遠慮なくお仕置してやるから!!!


 ……顔を見ただけで、いや、わざわざを顔を見るまでもなく嫌という程に伝わる。


 ヘレナさんとシャルマさんの中で、私とカイルはさぞかしラブラブなカップルに仕立て上げられているんだろうなって事が……!


 特にさっきの、お兄様に結婚を認めさせるまで諦めないとも取れる発言とか、砂糖も溶けだす熱愛ぶりに見えてそう。痴話喧嘩してた二人が和解してプロポーズ。雨降って地固まる名シーンにでも立ち会ったかのような高揚感に酔いしれてるんじゃなかろーか。


 私も他人事だったら無責任に囃し立ててる自信があるよ。気持ちは分かるんだ、困ったことにね。


 でも今は当事者なんで只管(ひたすら)にめんどい。


 恋人たちの甘い空気とか無いから。

 口を挟んじゃいけない雰囲気とか全部ぜんぶ気の所為だから、早くお茶のおかわりをください。ほらほらシャルマさん、私のカップが空っぽですよー?


 これ見よがしにおかわりを要求する私を見て、カイルが呆れた声を上げた。


「お前学院でもこんな好き勝手やってたんだな……」


「なに突然。言い掛かりはやめてくれる?」


 好き勝手ってなにさ。そっちこそ、さっきまでの反省した自分の態度をもう忘れたの? 鶏だってもう少し記憶力あると思うよ。


 残念なものを見る目になったカイルの視線を追えば、私のおかわりを用意し始めたシャルマさんの手元へと行き着いた。……なるほど、ケーキの乗っていた大皿、ね。


 カイルの考えは理解した。確かにあれは、元々ワンホールあったものだ。けれど、そのケーキの一部は自分だって食べてるじゃないか。


 たとえケーキの大皿が空になっていたって、ここには四人の人間がいる。私がいくつ食べたかなんて分かりっこない。


 六分の一をカイルが食べてる。同じく、私にも六分の一が提供された。


 残りの四ピースは既にない。証拠なんて何処にもないんだ。


「いや、お前これほとんど一人で食べてるだろ。相変わらずよく食うなと思ってさ」


 これ、と食べかけのキャロットケーキを指さすカイル。


 その口調はカマかけではない確信に満ちていた。


「なんで私が食べたと思うの? 証拠は? 証拠ないでしょ?」


 証拠が無ければ犯罪じゃないもん! と己の無罪を主張する私に向けられた目は「見りゃ分かんだろ」と言わんばかりのものだったけど、あえて無視した。


 証拠さえなければ犯罪は犯罪じゃないんだよ。おわかり?


「証拠って……。いや、お前の前にしか皿置いてねーじゃん」


 ……お、お皿くらい、既に片付けられた後かもしれないじゃないですかっ!


「もう片付けたかもしれないじゃん」


 既に負け戦の流れになっている感はあるが、私は負けない。


 諦めなければ敗北ではない。即ち、私はまだ負けてはないんだ!!


 キッ! と睨み返した私の視線を真正面から受け止め、面倒くさそうに嘆息したカイルは、腕をすいっと動かし、ヘレナさんの机の上と、次いで、シャルマさんの手元を指さした。


「いや、片付ける以前に皿がないじゃん。置く場所もないし、片付けた様子もないし。お前しか食べてないのバレバレだぞ」


 ……まさかヘレナさんの机の汚さからバレるなんて! くっ、盲点だった!!


 これ以上の言い逃れはできそうにない。


 潔く敗北を認めるしかないのかと諦めかけたその時。カイルの口から逃げ道が提供された。


「……まあ、お前が作る菓子並に美味いし。こんだけ美味かったら沢山食いたくなる気持ちも分かるけどな」


「でしょう!!?」


 なんだよ、話が分かるじゃん!

 そうとも、シャルマさんのお菓子はあまりに美味しくて、無限にお腹に入っちゃうんだよ!!


 つまり私が食べすぎちゃうのは美味しすぎるお菓子のせいなの! と話を持っていこうとした矢先、ヘレナさんがずずいと会話に割って入った。


「あら? キミはソフィアちゃんの作ったお菓子を食べたことがあるの?」


「え、はい、ありますよ。こないだもなんか、やたら美味いの貰ったりしたし……」


「へえ〜、そうなの〜」


 良かったわねぇソフィアちゃん、と囁いてくるヘレナさんの鬱陶しいこと。


 なんかもう、ヘレナさんの存在は無視するのが正解な気がしてきた。後でシャルマさんの誤解だけ解いておけば問題ないよね。


生徒の前ということで、ピシッとした態度を堅持していたヘレナ女史。

ソフィアに絡む姿を見せたせいで素敵な大人像が早くも台無しになっていることには未だ気付いていない様子。残念美人は伊達じゃない。

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