妹は天使
考えれば考えるほど、唯ちゃんに会いに行くのがガチ命懸けだという結論に行き着くのはどうにかならないものだろうか。
考えを深めるほどに問題の深刻さに気付かされるだけの現状を憂いた私は、考え事で凝り固まった身体をにょーんうにょーんと伸ばして解し、諦めの感情がコンニチワしそうになるのを未然に防いだ。
――唯ちゃんに定期的に会いに行く。それは覆らない決定事項だ。
……でも、唯ちゃんの居る場所がとてつもなく悪いんだよねぇ。
環境が劣悪すぎて対策打つのも一苦労というか。一苦労程度では済まないというか……。
人が生身では生存出来ない宇宙空間にしか入り口がなくて、入ったら中では魔力が消失。中では何故か魔力が無くても不都合はないけど、退出時には魔力ゼロの状態で宇宙空間に放り出され、魔法でどうこうする前に死亡が確定するとかいう慈悲が皆無の超鬼畜仕様。
天国と地獄って言葉がこうも嵌る状況ってそうそうないと思うの。
唯ちゃんという妹天使を極上の餌にした確殺トラップ。
普通ならこうして対策を練ることすら不可能な初見殺しに、幸か不幸か、再度挑戦できる機会を得た。だけど危険だと分かっていながらこの状況に飛び込むしかないお姉ちゃん心がある事を、私は不幸だとは思いたくない。再度会いに行くと約束したことを後悔なんてしたくないし、唯ちゃんにだって寂しい思いをさせるつもりは全くないんだ。
……まあ、つまり。
それもこれもみーんな諸悪の根源さんの仕業なんで、会った時には覚悟しとけやクソがってところですかね。
唯ちゃんと私、不本意ながら私たち二人の共通の父親でもあるあのなんたらゆーマッドなサイエンティストには、一度会って文句を言ってやらねば気が済まない。
私が受けた仕打ちと唯ちゃんの境遇を話せば、お母さんなら絶対に味方になってくれるハズだ。
多少荒唐無稽な話になるかもしれないけど、事情さえ理解すれば、あの因果応報必ず執行ウーマンであるお母さんは必ず冴えた復讐計画を立ててくれることだろう。法に触れない嫌がらせ方法を知り尽くしたあの人なら、きっと罪に相応しい罰を用意してくれるに違いない。
そんな未来を実現する為に、今の私が出来ることは、まずはあんな辺鄙な空間な隔離されてる唯ちゃんを救うことだろう。その為にも唯ちゃんから孤独を取り払うことは必要不可欠。
甘え方も知らない妹に、お姉ちゃんという存在の偉大さを教え込むのだ。
……ふっふっふ。妹、妹か。まさか私に妹がいたとはね。
それも生意気過剰な不良系妹でも、親に媚び売るあざとい系妹でもなく、純粋無垢にして健気&お人好しな真面目系美少女妹とは……。
このままでは私は、勝ち組お姉ちゃんになってしまうではないか!! いや既にもうこれ勝ち組なのでは!?
唯ちゃんという存在を生み出す一因になったというただ一点においてのみなら、あの最低最悪の種馬男にも生きていた価値があったんだと認めなくもない。
あとは唯ちゃんを苦しめた詫びとして、優秀と噂の頭脳で稼いでるらしい全財産を没収。唯ちゃんの親権を手放して、正式に私の姉妹となることを認めるならば、私達と関わりのない場所で生きていくのを許すくらいはしてやってもいい。
……うん。これは我ながら中々良いアイディアなんじゃないかな。
唯ちゃんと仲良し姉妹として暮らすなんて楽しみすぎる。姉妹パワーで、口が達者なお母さんを共に倒そうではないか。
――妄想が一段落したちょうど良いタイミングで、私の前に湯気の立ちのぼるティーカップが差し出された。お茶請けに用意されたお菓子はスタンダードなバタークッキー。香りだけで食欲が刺激される。
「ありがとう」
「どういたしまして。……考えはまとまった?」
……リンゼちゃんの質問に、なんと返すべきなのか一瞬悩む。
考えた私は、少しだけ真剣な表情を作って、リンゼちゃんに真正面から向き直った。
「……リンゼちゃんの妹力は、実際、かなり良い線いってると思う。後は不意に見せる弱いところとかあれば完璧だね。雷が怖くてベッドに潜り込んでくるシチュエーションとかあったら花まるあげちゃう」
「まとまったようね」
リンゼちゃんも妹メイドとしてかなり完成度高いんだけどなぁ〜。クールなだけじゃお姉ちゃんとしては寂しいんだよなぁ〜。たまにでいいからクーデレな一面も見せて欲しいんだよなぁ〜〜!
……デレない? リンゼちゃんも偶には、デレてみないかい??
なんて、催促する視線を送ってみても、リンゼちゃんは華麗なスルースキルで一顧だにしない。まるで私の存在が空気になったかのようだ。ううむ、やりおる。
「……まあ、リンゼちゃんがデレなくてもいいんだけどね。私にはもう、唯ちゃんがいるし……。ふっふっふ」
リンゼちゃんとそっくりの唯ちゃんがデレた顔を見せてくれれば、それはもうリンゼちゃんがデレてくれたも同然だ。私の妄想力を舐めちゃいけない。夢の中でデレデレ甘々なリンゼちゃんを再現するくらい余裕でできるようになるだろう。
妹分である、幼女メイドのリンゼちゃん。
拙い甘え方がミラクル可愛い、リアル妹の唯ちゃん。
毛色の違う二人の妹をそれぞれに味わえるこれからの生活を想像して、私の頬は、だらしなく緩々に弛んでしまうのであった。
自身の姿が変わっていて、母に娘として認識されないという可能性はすっぱり除外するソフィアさん。
妄想の世界は理想の世界。
都合の悪い現実になんて、思考を割く必要は全く無いのだ。




