名誉相談役のリンゼちゃん先生
とりあえず、家族の隙をついて過去に戻って来ることに成功した。
家族に泣かれるのって想像以上に堪える。もうあんな経験はしたくない。
……だけど、唯ちゃんに会いに行ったらまた同じことが起こるのは確定だ。それを防ぐためには、今から対策をしなければならない。
さっそくリンゼちゃんに事情を話して、相談役の地位に就いてもらった。
「で、どうすればいいと思う?」
「私に魔法のことは分からないのだけど……」
またまたぁ。頭のいいリンゼちゃんなら大丈夫ですよぉ。
私のニワカ知識を完璧に正してみせたリンゼちゃんなら、私のどんな疑問にも軽々と答えてくれると信じているよ。
「じゃあいつも通り私が好き勝手に話すから、リンゼちゃんも気になったことがあったらドンドン言ってね」
「それなら、まあ……分かったわ」
ん、素直でよろしい。
それにこれはリンゼちゃんにも得になることなんだからね。
――この時間軸に戻る前の世界。私がひと月ものあいだ音信不通になっていた世界では、お兄様が結構無茶をしていたらしい。
なんでも私が創造神に会いに行ったきり帰って来ないと聞くやいなや、リンゼちゃんを脅しつけてヨルを呼び出し、私を無理やりにでも創造神の元から連れ戻してくるようにと命令したとか。
神を信奉するお母様が大変取り乱したりしたそうで、リンゼちゃんも色々大変だったと珍しく疲れた顔で言っていた。俄には信じ難い話だったけど、リンゼちゃんは嘘は言わない。お兄様が暴走したのは本当のことなのだろう。
それだけ私の事を心配してくれてたなんて、ぶっちゃけ飛んで跳ねて回って歌って踊り出して、最後にはお布団にダイブして「んん〜〜っ!!」とこの世の幸せを思う存分に枕さんにもお伝えしたいくらい、かなりかなーり嬉しいのだけど、リンゼちゃんの「あの時は殺されるかと思ったわ」という言葉が誇張ではないと分かるだけにそれなりに辛い。お父様と連れ立って帰ってきたあの時のお兄様は本当に鬼気迫っていて、あらゆるお兄様を永遠に愛し続けると誓ったこの私が、あろうことかお兄様の迫力に一瞬抱かれに行くのをたじろいでしまった程に切羽詰まった様子だったから。
そしてその怒りだか焦りだかで強ばっていた表情が、私を目にし途端に綻んだあの瞬間!! 普段は蓋をして隠されているお兄様からの愛情がぶわりと視覚化されたみたいで最高だったね!! 感極まった「ソフィア……ッ!!」って名前を呼ぶ声も至高でした!!
……っとと、いけないいけない。考えが逸れてしまった。
あの瞬間のお兄様は私の脳内にバッチリ記憶済みだから、夜の落ち着いた時間にでもたっぷりねっとり見直すのが良いね。ねっとりじゃないね、じっくりだったね。
ええと、今は何を考えていたんだっけか……。
そうそう、唯ちゃんに会いに行く時に発生する諸問題を解決するアイディアが必要なんだったね。期待してるよっ、リンゼちゃん大先生様!!
やることを再確認した私は、新しい魔法の開発をする時と同じように、考えつくまま口を動かすことにした。
「時間のズレが起こるのって大変だよねー。《時間遡行》の魔法だって楽ではないしー」
「それ以前にあれか。死なないで出てこれる方法も考えなくちゃなのか。宇宙で死なない装備……宇宙服? あれって水が循環してるんだっけ?」
「そもそも魔力がないと生き物は死ぬーって聞いた覚えあるんだけど、あれってどうなの? 唯ちゃんのトコに居た時の私って完全に魔力が無くなってたと思うんだけど、普通に会話してたよね? あそこって実は死後の世界だったり?」
「そういえば唯ちゃんが、魔法を使う時は日本語で思考するのが良いって話をしてて――」
私が得た情報。認識してる問題。暫定的な解決策。
様々な情報を節操なく話す私に、リンゼちゃんは時に情報に注釈を加え、問題を明確化し、私が気持ちよく話せるよう相槌を打つ。
話の内容に興味が無いと言いつつ、これほど的確にアドバイスのできる美幼女メイドがリンゼちゃんの他に居るだろうか。いやいまい。世界中の何処にだって居るわけが無い。
女神の魂に美幼女の身体。
さらにはメイド服まで着用して大人達に混ざり仕事をこなす有能&有能おぶスペシャル可愛いの権化ちゃんが、リンゼちゃんの他に居るわけが無い!!!!
思わず反語を用いてリンゼちゃんの素晴らしさを強調したくなっちゃうほど、リンゼちゃんの素晴らしさは留まるところを知らないのだ。
その有能ぶりは、ここでも遺憾無く発揮されていて――。
「普通の人は『楽ではない』で済ませられるものではないのよ?」
「宇宙服の性能と値段を知らないの? とても一般人が聞きかじった知識で手が出せるものではないわ」
「それこそ創造神様に聞いてきなさいよ」
「魔法を日本語で……確かに理屈は通るわね」
――等々、考えをまとめるのにとても役立ってくれている。
リンゼちゃん偉い。可愛い。頭撫でちゃお。なでなで〜。
「…………なに?」
「リンゼちゃんは良い子だなって」
ぺしりと撫でていた手を叩き落とされた。どうやら回答がお気に召さなかったようだ。
ともあれ、私が何に悩んでいたのか大体のところは把握出来た。あとはその解答を、用意するだけのことだ。
「リンゼちゃんは、とっても、とーってもいい子だな〜って思ってさ」
「そう」
ぺしり。ぺしり。
伸ばす度に叩き落とされる私の手。管制塔、着陸の許可を!
リンゼちゃんと戯れながら、私は着実に、持て余していた情報の整理に勤しむのだった。
美幼女を信奉するソフィアにとって、頭を撫でるという行為は神聖なもの。
でも最近、粗雑に扱われるのを喜んでいる節もあるようで……?




