不慮の事故
唯ちゃんはヨルなんかとは違って、とても良い子の神様でした。
こんな良い子が一度はヨルを消し飛ばしたとかマジ? と思って、さりげなく聞いてみたんだ。そしたらさ。
「……あれは、事故だったの。あの時は私も、まさか魔力を直接ぶつけられるなんて方法で会話が出来るようになるとは思ってなかったから、慌てちゃって……」
慌てちゃって、咄嗟にヨルをご招待しちゃったらしい。
魔力が排斥されるこの空間に、存在全てが魔力で構成されているヨルを。
そら死ぬわ。神だろうが悪魔だろうが消し飛ぶしかないよねと納得したものの、それだとリンぜちゃんの元に届いたヨルの残滓の説明がつかない。唯ちゃんの言う通りの散り際だったのなら、ヨルは即死。何かを遺す余裕などなかっただろうから。
「でも、私のメイドのとこにね。ヨルの遺志みたいなものが届いたんだけど……」
あれはどゆこと? と聞けば、唯ちゃんは自分の失態を恥じ入るようにしながら教えてくれた。
「……あれは私が作ったの。魔力は消えちゃったけど、痕跡は残ってたから、それで……」
痕跡? 痕跡ってなんだろ。
よく分かんないけど、唯ちゃんにはヨルを騙る能力があったらしい。ヨルも唯ちゃんが作ったみたいだから、むしろあって当然の能力なのかもしれない。
「でも、それだとソフィアがね。私の元に来てくれなさそうだと思ったから、また女神を作り直して……」
要は私と会いたいが為だけに、色々と考えて頑張ったんだそうだ。
血の繋がった妹だと思っていた私と会うために。
この世界に望まず連れてこられた同士である私に、会うためだけに。
なにこのいじらしい子。かわいすぎるでしょ!
「私も唯ちゃんに会えて良かった」
にっこりととびきりの笑顔を向ければ、唯ちゃんもぎこちなく笑い返してくれた。
――いつかこの子の満面の笑顔を見てみたい。
そう考えただけで、百年は戦えそうな心境だった。
「――また遊びに来るから」
「うん。待ってる」
すっかり長居をしてしまった。
特技としていた体内時計も常駐魔法の一環だったようで、実際にどれだけの時間をここで過ごしていたのか正確なところは分からないが、少なくとも数時間くらいは楽しくおしゃべりしていたように思う。
唯ちゃんは本当に孤独に慣れきってしまっていたのか、初めのうちは会話そのものに違和感を覚えていたようにも見えたけれど、それでも時折嬉しそうにはにかんでくれて、その笑顔が見れただけで私ももう嬉しくなっちゃって「いくらでも甘やかしてあげるー!」って感じだったんだけど、魔力のない私には面白い話くらいしかできなかったというね。それでも楽しそうにしてくれてたのが救いだけど。
今後も出来るだけ時間を見つけてここに来ようと心に決め、私は唯ちゃんに別れを告げた。
「じゃあ、またね」
「うん」
…………。
……………………。
………………………………。
「あの……唯ちゃん?」
君が帰してくれないと、私一人では帰れないんですけども。
不思議そうに眺める唯ちゃんに「元の場所に戻してくれる?」とごく当たり前のお願いすると、彼女はとても驚いた顔をした。
「そう、だよね。うん。今やるね」
……無意識の行動? だとしたらやっぱり、唯ちゃんの心は……。
――私が考えられたのはそこまでだった。
「――がっ!?!」
突如切り替わった視界。覚えのある暗闇の世界。
痛み。激痛。頭が沸騰したように痛い。呼吸が出来ない。
――何、が。なん――。
死――――。
――意識が途切れる間際。
私は咄嗟に、なにか固いものを握り締め――。
◇◇◇◇◇
――気付いたら、自室のベッドの中にいた。
「……、……っっ!? ごっ、お、……〜〜っ、げはっ、がっ……!!」
脳が情報を整理する前に、生理的な反応が先に来た。
仰向けのまま嘔吐し、吐瀉物が喉に逆流。
あわや窒息しかけたものの、ベッドから転がり落ちることでなんとか一命を取り留めた。
うえ、うあぁ……。
臭いし汚いし痛いし苦い。かつてこれほど最悪な目覚めがあっただろうか。
とりあえず水魔法で口内を濯いで……る最中に気が付いた。魔法が使える。それに、体内に残ってる魔力がかつてないほど少ない。なんぞこれ。
汚水をゴミ箱アイテムボックスにポイ捨てしつつ、魔力の生成と同時に寝ゲロの証拠を粛々と処理。ついでに臭気も除去。魔法のある生活のなんと快適なことか。
「ソフィア!?」
「ん?」
え、と思って声のした方を見れば、なんとあの冷静沈着クール系美少女のリンゼちゃんが驚きの表情を浮かべていた。
改めて見ても、やっぱり唯ちゃんと似てるね。驚き方がそっくりだわ。
「あなたいつ帰って来たの!?」
「え?」
帰って……ああ、そうか。魔法か。魔法の切れてる状態で宇宙空間に投げ出されて、死んで、戻ってきたのか。
理解したと同時に恐怖も蘇る。
あそこで咄嗟に魔石掴んでなかったら、私この時間軸に帰って来れてたかな……?
「とにかく、ここにいなさい。すぐにアイリス様を呼んでくるから」
「えちょ」
ちょっと待って欲しいかな、なんて言葉を発する間もなく、リンゼちゃんはさっさと踵を返して行ってしまった。私を姉と認識した途端に愛らしくなった唯ちゃんがちょっと恋しい。
「はーあ。また怒られるのかな……んん?」
現実から目を背けようと窓に近づいてみたら、おかしな事に気が付いた。
窓から見える、今朝咲いてたはずの花が別の花になっている……。
なんだあれ。お母様の要望かな?
珍しい事をするもんだと眺めていたら、荒々しく当人様が押し入ってきた。怒っちゃいやん。
「ソフィア!! 貴女は何も言わず、ひと月も何処へ行っていたのですか!!?」
……………………いや、あの、……ちょっと待って欲しい。
誰か私に、落ち着く時間をください。
「死んだら過去に戻る魔法」に慣れてきてるソフィアも、十分に心がイカれてるのではなかろうか。
いや、イカれてるのは頭かな……?両方か?




