閉じ込められてる妹
私の中に永らく居座っていた復讐心が終焉の刻を迎えたと言ったな。あれは嘘だ。
いや、嘘じゃない。その気持ちは嘘じゃない。今の幸せな家族を捨ててまで、私の復讐心を優先すべきではないと私は心から思っている。
…………でも、それとこれとは別でしょ?
要は家族を捨てないで復讐できればいいわけでしょ?
家族が死んだ未来を見てから過去に戻ってやり直すのは精神的にキツいと思ったけど、でも絶対無理なわけじゃない。方法としてなら、割とアリな方だと思う。
他にも、完全自動思考機能付き戦闘用人型ゴーレム、ヴァルキリーたんプロトタイプとかを送り込んで暗殺者の真似事をさせたりだとか、この世界から逆に日本に行って暮らしてみたいって人に転送する条件として「この人の罪を詳らかにして法的な報いを受けさせて欲しい」とかお願いしてもいい訳だし、目的を達成する方法はいくらでも存在するのだ。
でもまあ、かかる労力が半端ないよね。ムカつく相手に復讐する為だけにそこまでの労力をかけるのは本末転倒な気もするよね。でもね。
姉改め、前世で私の腹違いの妹だったと判明した、創造神ちゃんこと唯ちゃん。
ヤツが彼女へした仕打ちには、相応の罰が必要だと思うのだ。
もしかしたらヤツにも良心というものが存在して、本当に唯ちゃんの安全を確保する為だけにこの世界に隠したのかもしれないけどさ。だとしたってこんななーんにも無い空間にウン万年放置って有り得ないでしょ。私だったら精神崩壊して廃人になってる自信があるわ。
一応ここに送り込まれる前に、異世界計画? 的な話は聞いていて、不思議な力の使い方は知っていたからなんとかここまで生きてこられたとは言うけどさ。それを「生きていた」って言っちゃうのは悲しすぎると思うんだよね。勿論、唯ちゃんの努力を否定したいわけじゃないんだけどさ。
なんでも唯ちゃん、この空間の景色を好きに変えるのと同じように世界を自分好みに弄り回せるみたいなんだけど、唯ちゃん自身はどうやっても一定の空間から移動できないんだって。所謂「管理者ルーム」ってやつらしい。
女神を作ったり星を作ったりはできるけど、部屋からは出れない。
人を観察したり人と同じものを創造して食べたりはできるけど、部屋からは出れない。
想像しただけで胸がキュッと痛んじゃうよね。
私にしたみたいに、誰にでも念話飛ばせばいいのにとも思ったんだけど、あれも本来はできないはずの事らしい。
なんでも私達が世界を隔てる壁だと思ってたあの「管理者ルーム」に密度の高い魔力をぶち当てることで、本来隔絶した空間であるはずの二つの世界が擬似的に繋がるんだとか。そのタイミングで声を掛けて、私のいた場所を「仮管理者ルーム」として設定することで現在の状況を作り出してるんだってさ。よく分かんないけど、なんかそーゆーことらしい。
要はあれ、念話じゃなく普通に声掛けてただけみたい。
そもそも唯ちゃん、世界は創れるけど魔法は一切使えないんだって。もはや意味がわかんないよね。
世界を作るのって魔法じゃないんか、と。
その「仮管理者ルーム」とやらを作るのやこの場所の風景を変えてるのは、魔法じゃないんか、と。
あまりにもな殺風景からヘレナさんの研究室みたいな部屋に一瞬で変わった光景を目の当たりにして、私がこんな感想を持つのは当然だと思うの。
まあ、風景っていうと語弊があるのかな。
この部屋にあるもの、どれもがちゃんと存在してるみたいだし。
手直にあった本を引き寄せ、頁の間にごっそり挟まれていた、もはや懐かしさすら覚えるコピー用紙の束に目を落とす。タイトルには「異世界の構成を担う情報素子の概要について」と書かれていた。中身は……なんか難しそうなのだけは、よく分かった。
そんな私の様子を見て、唯ちゃんが手招きしてきた。てくてくと近寄ってみる。
「それに興味があるの? それは確か、魔法についての概論……だったかしら」
「へー、そうなんだ?」
魔法? これ魔法について書いてあるの?
そわっと興味をそそられつつも、手渡された書類に目を取られている唯ちゃんの隙をついて、そっと身体に触れようとしてみた。
――バチリ。伸ばした手に激痛が走った。
いっった!!! めっちゃくちゃ痛ーいっ!!
でも悲鳴をあげなかった私ナイス根性!!
ったー……。……あー、これが「管理者ルーム」か。唯ちゃん、ここから出られないのか。
これは確かに手強そうだなと密かに手を労る私に気づかず、書類をパラパラと捲った唯ちゃんが、楽しげに声をあげた。
「難しい日本語で書かれてるでしょう? 父はまだ英語の読めなかった幼い頃、アメリカの学者に馬鹿にされたことがあったらしくてね。『くくく、俺の論文を読むためだけに奴らに日本語を勉強させてやる。馬鹿にした相手の研究成果を得る為にその母国語を学ばなくてはならなくなった奴らはどれだけ屈辱的な気分を味わうんだろうなあ』と、楽しげにこれを書いていたのを覚えてるわ」
「うわあ」
子供か。いや、ガキなのか。頭のいい子供なんだな。
唯ちゃんが、楽しそうに、嬉しそうに話すのを聞いて、時折大袈裟に驚いたりしながら、私は徐々に自然に笑うようになってきた彼女のことを微笑ましく見守っていた。
……あー、妹って可愛い。
なんとかして頭とか撫でられるようにならないかな……?
可愛い弟妹がずっと欲しかったソフィアに今、理想の妹が存在していた。
だがその妹に触れることは出来ない。――どこかの馬鹿な父親のせいで。
一度は鎮火したソフィアの怒りは、こうしていとも簡単に再燃しましたとさ。




