マーキングじゃないです
人の感情とは不思議なもので。
少し前まで死の恐怖すら感じていたのに、今ではもう、怯えながらも会話が出来る程度には落ち着いていた。
これが人間の本能なのだろうか。
人は光さえあれば、何者にも恐れを抱かず前を向くことが出来るのだろうか。
……いや、きっとそれだけでは足りなかった。
暗闇から開放されたことも勿論私の精神に影響を与えただろうが、私にとって一番の衝撃だったのは、創造神の外見がヨルをそのまま幼くしたような美少女だったことに尽きる。
黙っていれば美人なヨルの、幼い頃を再現したような未成熟な身体。
長い黒髪は美しく、くりりんとした瞳は愛らしい、小学校高学年くらいの女の子。
その姿を一目見て、私は思ったんだ。
「あれ、リンゼちゃんいつのまに成長したのん?」と……。
知ってた? 恐怖の極みにある時に安心できる顔見るのって、実はものすごいリスクがあるんだよ。
まず身体の力が抜けます。
全身の力という力が抜けます。
するとどうなりますかー? 立っていられなくて座っちゃいますよねー?
腰が抜けたみたいに、ペタンと座り込んじゃってね。あとはもう一箇所、ほら。無意識でも常に力を入れておかなくちゃいけない場所の栓が緩んで、じょわーですよ。チョロチョロチョロ……って可愛らしいもんじゃなく、まさに決壊と呼ぶに相応しい水量。お洋服がびっしゃびしゃの大惨事ですよ。
しかもそれ、魔法が使えない環境下で起こったからね。
水も出せないし匂いも遮断できないし着替えも取り出せないのないない尽くしでどーしようもない。ただ呆然とするしかなかったのよ。どうよ、悲惨でしょ? 魔法使えたら間違いなく記憶抹消するレベルの出来事だったね。
それだけの醜態を晒しておきながら、魔法が使えないので自力で対処すらもできないの。
そんなのもう泣くくらいしかする事なくない? と思うんだけど、でも、人って案外よく出来てるみたいでね。混乱が極値に達すると涙も出なくなっちゃうみたいなんだよね。
漏らした事実と、創造神への恐怖と、リンゼちゃんそっくりな顔に見つめられてる事実とかで、頭の中がね、なんかもうごちゃ混ぜになっちゃって。気付いたら逆に笑ってましたよ私。
びっくりだよね。創造神にご招待されて最初にすることがお漏らしで、その次が謝罪もなしにヘラヘラ笑いですよ。私が招いた側だったら間違いなく追い出す。ってゆーかそんな異常者の近くには居たくない。
だというのに、その異常者ポジションにいるのが私というね! 笑えねー!!
お漏らしもね、そりゃ末代までの恥だし思い出すだけでも恥ずかしすぎて顔面大噴火の勢いなんだけど、一応生理現象ではある訳じゃん。不可抗力と認められる可能性もある訳じゃん。
でもそれを、リンゼちゃんに激似の創造神の目の前で、しかも未だ生殺与奪を握られた状態で披露するのってどう思う? 変態の神にでもなろうかという所業だとは思いませんか。
殺される前に心が死ぬわ、とか考えてたらね。創造神ちゃんがね、手を横に振ったのよ。前に突き出した手を、横に、すぅっと。
そしたら漏らした痕跡が全部消えたの。
匂いもなくなったし、服もパンツもすっかり乾いてるし、手に触れてた水溜まりもキレイさっぱり消えちゃった。記憶違いでも起こしたかと思うほどに、完全に元通り。
それを為したのはリンゼちゃん似の創造神ちゃん。
罵倒も蔑みもなく、まるでリンゼちゃん本人みたいに淡々と処理をしてくれたの。
……その一部始終を見て、私は悟ったね。
この神様、絶対に善い神様だ――と。
それからは、魔力が感じられないという違和感は残しつつも至って平穏に会話を続けているのだけど、この創造神様。話せば話すほど雰囲気がリンゼちゃんにそっくりでね。好感度が勝手に上がってっちゃう。
まあ地平線が見える白い部屋だとか、私だけが何故か床に座らされてる現状だとか、得体の知れなさも依然として存在感を主張しまくってるので、言うほど好感だけ抱いてる訳じゃないけど。
「――そう。それじゃあなたは以前の自分が死んだと思って……死んで生まれ変わったからその姿になったんだと思ってるのね」
「……違うの?」
「分からないわ」
あとこれ。この「分からない」発言。
自身をこの世界を作った最古の神だと言っておきながら、悪びれること無くちょいちょい挟まれるこの「分からない」発言。また絶妙に気に障る話し方するんだこれが。
でも、今日の私は圧倒的弱者なので。
怒りとか不満なんて以ての外です。何を聞いてもスルー推奨。
「……でも、そう……。……全部は移動………………、まだ、被害者が……」
そして魔法が一切使えないから、創造神ちゃんの呟いてる独り言が全然聞き取れないんですよね。これが地味にストレス溜まる。
……ん、でも待てよ? もしも見た目だけじゃなく性格までリンゼちゃんに似てるとしたら、ワンチャンあるか?
ちょっと怖いけど、意を決して今度はこちらから質問してみた。
「あの、些細なことでもいいんです。もしも地球にいた頃の私がどうなったのか、知っているなら教えて貰えませんか?」
「知らない」
思考を挟む余地なく秒で黙らせられた。魔法ないと不便さがホントすごいな……
でもこの言い方、恐らく知ってることなら普通に話してくれるとみたね。
閉じ込められて退路はないし、こうなったからには少しでも多くの情報を集めるしかないね!
覚悟を決めたソフィアちゃんの逆襲が、これから始まる!!
……といいなぁ、なんて考えつつ。私は適当な相槌を打ちまくったのだった。
自身の世話を焼いてくれる幼メイドさんに激似な人物を目の前にして晒した痴態は、ソフィアの中に眠っていた未知の感情を呼び覚ました……かもしれない。




