何も見えない暗闇の中で
地球へと続く道。……を、隔てる障壁。
それが「ある」と認識出来たのなら、障壁の手前を到着地点に指定するくらいは容易い事だ。
「うーわ、暗ぁ。本当に宇宙……なんだよね? ここ……」
部屋から数歩進んだだけで目的地に到着してしまった情緒のなさも気になるけれど、周辺環境の劇的な変化の方が私にとっては問題だった。
暗い。マジで暗い。暗いって言うより闇の中って感じ。
微かな光すらも見えないのは流石に予想外で、ちょっとびっくり。
以前宇宙にまで飛んでった時はちゃんと星とかも見えたんだけどね。太陽の光すら届かないとか、ここは本当に宇宙なんだろうか。実は時空の狭間だったとか言われても信じられそうな雰囲気あるんですけど……。
周囲に漂う魔力の感じとか魔素の性質とかも、想定してたのとはまるで別物だし。濃くて重くてにゅるんっとしてて扱うのにめっちゃ苦労する。どーすんのこれ。
もしもの事態を想定して魔力のストックは結構用意してきたつもりだったけど、留まるだけで魔力消費の方が上回る状況ってのは辛いものがあるなぁ。
現状では活動に問題はなさそうだけど、魔力の補充ができないんじゃ使える魔法が大分制限されるし。帰り道用の魔力も余裕を持って残しておかないと悲惨なことになりそうとなると、思ったよりも気を引き締めてかからないとだよねぇ……。
嫌だなぁ、もっと気楽に行きたいのにさぁ……。
「ていうか、ここからどうすればいいの? ……呼べばいいのかな? 創造神様、来ましたよー」
しかも連絡手段を確かめてなかったっていうね。
話し合うにしろ逃げるにしろ、時間の浪費は私にとって不利にしかならない。魔力に余裕のある内にさっさと方針を固めたいのだけど、こんな場所で何処にいるかも分からない相手に念話を繋げようとすればそれだけで魔力をバカ食いする。探査魔法も同様。あれこれ割りと詰んでない?
とりあえず声を上げてみちゃったりしたけど、宇宙空間では空気の振動は起こらないわけで。
いや起こるは起こるんだけどさ、空気あるのって私の身体の周りだけだからね。私にしか聞こえないんじゃ意味がない。
でも声でも上げてないとぶっちゃけ怖いんだよねここ。
暗すぎて恐怖を煽るっていうか、いつまで経っても目が慣れないんだもん。きっと本当の暗闇ってやつだよここ。夜でも視界が通るハズの視力強化してるのに何も見えないままとかマジでヤバい。こーまで何も見えないと不安だって増しちゃいますよ。
ひーん、どーしよ。これからどーしたらいいんだろー。
とりあえずどうにか創造神さんにコンタクトを取らなくては、と考えた私は閃きました。そうだ、ここは前例に倣うべきだ、と。
徐ろに魔力砲を放出。
全方位、360度ぐるりと満遍なく攻撃すれば、ヨルの言っていた通り、全く攻撃の通らない方向があった。これが壁か。
…………っていうか、目が。目が痛い。真っ暗闇からの魔力の光がこんなに目にダメージを与えるとは思わなかった。新しい対ミュラー用の魔法を思いつきそうだよ全くもう。
でー、えっと……この壁、壊そうとすればいいんです?
神よりも女神よりもなお強い創造神レベルにもなると、ドアノックも相応の力でしないといけないんですかね。「うるさい死ね」みたいな展開だけはご勘弁願いたいところですけど。
「……えーい」
とりあえず徐々に威力を大きくしていく方向で実行してみた。全力でやっても壊れはしないだろうけど、念の為ね。
様子見の極細ビーム。中太ビーム。ゴン太ビーム。
篭める魔力の密度もどんどん増やしていって……残魔力量がガンガン減る! 早く出てきて!
『来てたのね』
いっそ壊す気でやるべきかと考えた途端、思考を読んだようなタイミングで念話が届いた。そして一瞬の浮遊感の後、足の着く感覚。慌てて体勢を整えた。
「ようこそ。歓迎するわ」
「ありがとうございます」
挨拶の前に明るくして? なんで暗黒空間のままなんだよう!
――なんて、余裕を持っていられたのはそこまでだった。
……え? ていうか、魔法全部解除されて……えちょ、体内の魔力すら感じられない!? これじゃ魔石から魔力を吸い出すことさえ出来ない!! 詰みだこれ!! やっばい!!!
暗闇の中、ひたすら魔法行使を試みる。
が、発動しない。どころか魔力が反応すらしない。ええええなにこれなにこれ、空間内の魔力を全部消した系? どんなチートだ勝てるかバカぁ!!
久しぶりに無力な状態になって、改めて実感する。私が普段からどれだけ魔法に頼った生活をしていたのかと。
脈拍が乱れても強制的に整えられない。汗をかいても気温を変えられない。視界が無いのに明かりを灯せない。心が乱れてるのに落ち着かせられない。フェルとエッテに緊急事態を伝えることも出来ない。
攻撃されたら……防ぐ術が、無い。
(やばい)
圧倒的無力感。生殺与奪を握られている感覚。
自分の命が相手の気分次第というこの状況が――堪らなく恐い……!!
「来てくれて良かった」
ビクリと、身体が震える。
怯えを出さない方が良いと分かっているのに止められない。私はもう、歯をかみ締めて、泣き出さないよう堪えるだけで精一杯だった。
「――あなたとは少し、話をしたいと思ってたのよ」
魔力補充用の大量の魔石。緊急脱出用の時間遡行魔法。
あらゆる準備が無に帰したソフィアちゃん、ガチ涙目。




