創造神に会いにいざしゅっぱーつ!
「連絡がついたわ。『いつでも歓迎』だそうよ」
「そっか。ありがと、リンゼちゃん」
リンゼちゃん経由でヨルに頼み、創造神へ会いたい旨を伝えてもらった返事が来た。いつでも歓迎ということはつまり、好きな時に勝手に来いという意味だろう。
……今更だけど、神様と好きな時に連絡取れる体制があるのって、なんか……すごいよね? 思わず語彙が貧弱になっちゃうくらいすごいことだと思うの、改めて。
まあそれを言うなら、神様の分身が私のメイドやってることや、そもそもこの世界への転生なんてのもぜーんぶありえないことだらけなんだけどさ。
本当に、人生なんて何があるか分からないよね。
平凡な女子高生が魔法の才能を秘めた赤ん坊に生まれ変わる可能性なんて宝くじの一等を連続で当てるよりも低いんじゃないか? だからって前世で宝くじ買ってたところで、当たる気なんて微塵もしないんだけどね。私そーゆー運は無い方だったし。
ともあれ、これで準備は整った。
創造神に聞きたいことメモもちゃんとアイテムボックスの中に保管済みだし、手土産の料理やお菓子も準備万端。出来れば平和的に事を進めて、以降の相談事もできるようになると最高なのだけど。
「じゃあ、行ってくるね」
「あ……」
よし、と気合いを入れて出立しようとしたところ、珍しくリンゼちゃんが戸惑うような声を上げていたので、思わず動作を止めてしまった。普段は用件だけを淡々と話す彼女にしては本当に珍しい。何か気になることでもあったのだろうか。
「どうしたのリンゼちゃん。何かあった?」
「いえ、その……」
……歯切れの悪いリンゼちゃんとか激レアじゃない? 脳内シャッターがバッシャンバッシャンと大歓声をあげている。
どうやら本当に戸惑っているらしく、自身の戸惑いという感情にも戸惑う二重の戸惑い悪循環に陥っているリンゼちゃんを救うべく、精神を安定させる《平穏》の魔法を行使。リンゼちゃんは少しの間だけトロンと瞳を微睡ませた後、普段の澄ました顔に戻った。
何事も無かったように振る舞うリンゼちゃんぎゃんかわ〜。
「家族にお別れを言っていかなくても良いの?」
「リンゼちゃんは私に帰ってきて欲しくないの?」
お別れってなんだっけ? あれ? 私って今から家出でもするんでしたっけ? はははこやつめ。
……これでも結構いっぱいいっぱいなんで、不安を煽るのやめてください!!
「ていうか、リンゼちゃんだってヨルから聞いてたでしょ? 創造神は会話ができる相手だって。ヨルだってちゃんと帰って来たじゃん。帰ってくるよ? お話が終わったら私ちゃんと帰ってくるよ? お別れ言う必要とか全くないよね? 私なにか間違ったこと言ってる??」
思わず早口になってしまうくらいには不安だったらしい。自分でも自分の勢いにちょっとドン引く。どんだけビビってんだ私は、と。
「それでも一度は彼女を消滅させた相手よ。ソフィアは確かに規格外だけれど、それは人間という枠組みの中で格別に優れているというだけの話。精々ヨルと同等以下の能力しか持ち合わせていないのだから、もしもを想定して動くのがいつものあなたらしい行動だと思うのだけど」
「それはそうかもしれないけどっ!!」
怒鳴ってから、しまった、と思う。
自身にも《平穏》の魔法を発動し、深呼吸を一回、二回。
落ち着いて、自分の心と正面から向き合ってるのを確認してから、リンゼちゃんに言葉を返した。
「……もしも、もしもリンゼちゃんの言うように、私が帰って来れないような状況になった時にね。私は諦めたくないんだ。私の意思が続く限り、必ず帰ってくる為にも『帰れなかった時の準備』はしたくない。それをしちゃうと、弱い私は多分、逃げる道を選んじゃうと思うから……」
逃げる道。苦しみから逃れる、楽な方向。
それは自ら定めた目標を諦めるだけで叶う、あまりに甘美な堕落の道だ。
望むから苦しい。願うから失う。
なら初めから何も欲しなければ良いと、あらゆる希望を放棄する選択は――私がこの世界に来てからずっとやってきた、心を守る為のやり方で。
頑張っても報われない可能性が高いのなら、それは望むべきものではないのだと無意識に考えてしまうのは、生まれ変わっても治らなかった私の悪い癖なのだろう。
私の話を静かに聞いていたリンゼちゃんは、納得したように頷いた。
「……ソフィアの言ってることはよく分からなかったけれど、あなたが逃げるのが好きなのだということはよく分かったわ」
「今そういう話してなかったよ……?」
訂正。間違った納得のされ方をしていたようだ。
いや確かに、争うよりは逃げる方が好きだけども!
「そうね。普段から逃げ慣れているあなたなら、相手が神でも上手に逃げおおせるかもしれないわね」
「いや、あのね……うん、まあ、もうそれでいいや……」
なんか力抜けた。
そうね、いざとなったら頑張って逃げる。結局はそーゆーことだもんね。
「じゃ、今度こそ行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
まるで学院に行く時のように、気軽に挨拶を交わして。
私は適度な緊張感を保ったまま、転移する為のアイテムボックスを開いた。
リンゼから見たソフィアは逃げ慣れている人物らしい。
主に母親からでしょうか。それともメイド長からでしょうか。
どちらにせよ日常的に問題を起こしているという点は疑いようもないので、彼女の認識は正しいのでしょうね。




