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カイル視点:大陥穽


 ――ソフィアの様子がなんだかおかしい。



 ……なんて言うと、アイツが普段は普通みたいに聞こえるな。


 アイツはいつだって何かがおかしい。

 いや、何かどころじゃなく、何もかもが俺らとは違う。


 こないだの遠征だって、空飛ぶ魔法に見えなくなる魔法。魔物を一撃で消し飛ばす魔法に遠距離を一瞬で移動する魔法と、まるで子供の妄想が現実になったみたいな魔法がポンポン出てきて、俺らはもう乾いた笑いを漏らすことしかできなかった。「まあソフィアだからな」って、それ以外に言えることなんかないだろ?


 ソフィアは異常だ。普通じゃない。


 初めてアイツの異常性を目にしたヤツは、アイツのことを「神か天使か精霊か!?」とか思うらしい。なまじ黙ってれば綺麗な顔してるもんだから、その気持ちも分かるっちゃ分かるけどさ。


 一度でもアイツの内面を知れば、むしろそこらの子供よりも我慢のきかない、ただの子供だってのが嫌という程分かると思う。アイツマジでバカだからな。


 そんなバカソフィアは幼い頃、何が気に入ったのか俺の事を幼馴染みに()()()


 剣の腕が全てだと思っていた俺をボコボコに負かして、敗者は勝者に従うものだとか、勉強から逃げてるから弱いんだとか、嘘と適当をよく回る舌で信じ込ませて、俺を着実に成長させた。


 そうだ、俺はソフィアに成長させられたんだ。決して自分の力で強くなった訳じゃない。


 それに気付いた時から、俺はいつかソフィアに恩返しがしたいと思ってた。でも何でもできるソフィアはちっぽけな俺の助けなんか必要としてない。俺は無力なガキだった。


 ……でも、そんなソフィアが唯一頼りにする存在。アイツの兄貴を見てたら、気付いたんだ。アイツ、ソフィアには、いくつもの顔があるんだって。俺の前で見せる顔と、家族の前で見せる顔。それ以外の人に見せる顔は、全部全くの別物なんだって。


 それに気付いたらすぐだった。


 ……いつも笑顔でバカみたいに元気なアイツが、本当には全然笑ってないんだ、って、理解するのは。


 楽しければ笑う。悲しければ泣く。

 そんな当たり前が、アイツにとっては当たり前じゃなかった。


 どうすればいいんだろう。どうしたらソフィアは喜ぶんだろう。


 考えて考えて、ぐちゃぐちゃになった頭で考えて。俺がお前のことを考えて苦しんでるのに、お前はいつも通り、何枚もの仮面を付け替えて、笑った振りをし続けてて。


 その偽りの笑顔に思わず「その気持ち悪い顔やめろよ!!」って叫んだあの時から、俺とアイツの関係は固定された。


 ……仮面は外れない。ソフィアの素顔は相変わらず見えない。


 それでも、俺がアイツの笑顔(仮面)を否定すると、仮面の裏側を少しだけ感じられたんだ。


 叩いて叩いて叩きまくって、いつかその仮面をぶっ壊してやる。


 そう思っていたある日。仮面に目立った欠けを見つけた。


 理由は知らない。でもこれは好機だと思って、指を引っ掛けて思いっきりめくってやった。


 逃げられないように押さえつけて、やっとその気持ち悪い仮面から解放できると思って、良かれと思って剥がした仮面の、その裏側に隠れていたのは――



 ――中身をほとんど喪った、泣き疲れてボロボロに壊れたみたいな、アイツの――



「――っ、!!」


 ガバリと起き上がり、辺りを見回す。


 早鐘を打つ胸を押さえ、まとわりついた嫌な汗を腕で乱暴に拭いながら確認すれば、カーテンの隙間から溢れる光が見えた。見慣れた朝の光景だ。


「…………夢、か」


 そう、夢だ。けど感じた想いは夢じゃない。


 あの日、俺はソフィアの心に無遠慮に押し入り、そして恐怖した。ソフィアが抱える、余りにも深くて暗い、心の闇に。


 ……いつもみたいに、からかわれていただけならどれだけ良かっただろう。


 けどあの日見たアイツの目は、心は、冗談なんかで作り出せる絶望の深さではなくて。


 ソフィアはもう、生きて動いているのが不思議なくらい、何度も何度も身を引き裂かれるほどの絶望を繰り返したのだと理解してしまった。


 ……あれは、なんだ? なんでソフィアが、あんな目をするようになったんだ……?


 分からない。俺には何も分からない。


 ソフィアが抱える絶望も。アイツの兄貴が無茶を押し通すその理由も。そして、俺がアイツの為にできることも。


 何も知らない。分からない。

 俺は、未だに何も出来ない、無力なガキのままで…………。


(ソフィアは昔からああだったってことか? いつから? 俺と出会った時にはもう……ってことは、赤ん坊の頃か? アイツの家で何かがあった?)


「……それなら、ソフィアがやたら甘やかされてるのにも理由がつく……か?」


 分からない。分からないが、分からないままでは居たくないと思った。


 ……ソフィアの心に触れた時、とてもとても寒かったんだ。


 凍えそうなほど寒かったし、痛かったし、悲しくて辛くてただただ怖くて。こんな光景は見たくもないと、心と身体が即座に悲鳴をあげて逃げ出した。


 ……でも、そんな絶望の光景の中に、今もソフィアはずっといる。


 考えただけで身が竦んだ。あれを知ってしまったら、放っておくことなんかできるわけがなかった。


「……どうしたらいい? 俺に何が出来る? 誰かに相談するべきか?」


 ソフィアの心に空いた穴。

 大事な物全てが抜け落ちてしまったような、特大の穴。


 あの悲しすぎる光景を、どうしたら暖かい場所に出来るのか。


 俺は必死に考える。


 バカな頭を、限界まで絞って。


「ソフィアがおかしい」

「いつだっておかしい」

「アイツマジでバカ」


善良世界のカイルくんはソフィアちゃんのお陰で立派な暴言を吐けるようになりました。

これが、教育のちから……!

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