《しゃべる君》オンパレード
今が朝食の前で良かった。本当に良かった。
時間にリミットが設けられていなければ、私はこの地で絶望に倒れ伏していたかもしれない。
それ程までに――お姉様の要望は容赦がなかった。
「ほらほらソフィア〜。早く次ちょうだい〜」
「あの、お姉様……。そろそろ勘弁していただけませんか……?」
「魔力は問題ないんでしょ? ならいいじゃない。それともなぁに〜? やっぱりロランドが相手じゃないとやる気がでないのかしら〜?」
「そういうわけでは……」
お母様の魔法を模して編み出した新魔法、その名も《しゃべる君》。
独特な名付けをしたその魔法の正体とは、意図せずして生み出してしまったマリーとメリーという存在に着想を得た、ぬいぐるみという依代に頼ることなく活動する擬似生命体である。
魔力制御で好きな地点に生成可能。
ついでに声音も声質も変更可能なので、要は私の考えた通りの場所で、私の考えた通りの言葉を私の考えた通りの人の声で話せる実に素敵な魔法だということだ。とてもイタズラ向きの魔法だと思う。
この素敵魔法を見せびらかす相手がまさかの不在という事だったので、折角だからとお姉様にお披露目したところ……。
何故か、お姉様へと「好き」を連呼させられる羽目になっていた私でした。もうなにがなにやら。
アネットが素直に感嘆したり、お姉様が面白がったりしていた結果であることは確かだ。が、初めから事のあらましを見ていた私自身、何がどーなってこんな事態に陥るまでになったのか、それだけが全く理解できない。こんな魔法を開発してしまった私が言うのもなんだが、お姉様の頭の中も相当に独特な世界が広がっていると思う。
ただ一つだけ分かることは、お姉様が飽きるか朝食の用意が整うその時まで、この恥ずかし地獄はまだまだ終わりそうにないということだけだ。
「……分かりました。では次、いきますね」
ここでゴネても得はない。なにせお姉様は、行動力の人なので。
私には無い発想をするお姉様が即断実行でお兄様まで巻き込んだ何かをしでかすくらいなら、ここで私がお姉様の相手をしていた方がまだいくらかは安心出来る。恥ずかしさにだって慣れてきた。私はまだ……まだやれるハズだ。
お姉様の要望にお応えして、新たな《しゃべる君》を生成する。
少量の魔力と共に命令を吹き込めば、お姉様の傍らに発生した三体の《しゃべる君》はそれぞれに「お姉様すき〜」「お姉様だぁいすき!」「世界でいっちばん好きです!」とそれぞれのセリフを吐いて消えていった。その声音はもちろん……お姉様のご要望通り、とびきり甘えた私の声だ。
…………自分の甘え声を客観的に聞くのが、こんなにも精神的苦痛を感じる事だなんて知らなかった。できれば一生、知らないままでいたかったよ……。
「はあ〜かわいい〜」「ホントにかわい〜」だなんて、頭のネジが緩んだみたいな会話をしているお姉様とアネットを視界から外し、私はもう今日だけで何度目になるかもしれない精神統一を行っていた。
――何も考えるな。何も感じるんじゃない。
私は恥を晒しているのではなく、姉の要望を叶えているだけの良き妹なのだと自信を持て――
何度心を落ち着けても、油断すると顔から火が出そうな気分になる。
いくら面と向かってではないとはいえ恥ずかしいもんは恥ずかしい。
お姉様は無邪気なようでいて、あれで結構な鬼畜さんではないかと思います。
……てゆーか、この世界に録音機器がなくて本当に良かった。
もしもあの媚び媚びの声を録音されて「この時のソフィアはかわいかったわ〜〜」なんて事ある毎に再生でもされたら、私は羞恥で消えてしまっていた可能性さえある。いや、その前にその録音機器を消すけど。
「ソフィア、もう一回! もう一回おねがい!」
「はぁい……」
今だけ……一時だけの辛抱だと、自分の心に言い聞かせる。そうだ、これは新魔法の動作試験だ。
「次はねぇ、『お姉様ありがとう!』でお願いね。ほら、こないだ小瓶あげた時みたいな。あんな感じでとびきりかわいく! ね?」
あー、ブラッドメイプル貰った時のあれか。
でもあれは素の反応だったし、私の歴史の中でもとびきりの出来事だったから完全に再現は出来ないんじゃないかな。
とはいえ、注文されたからには近づける努力はしましょう。
当時の感情を思い起こし、溢れる喜びを言葉に乗せて――っと、こんなもんかな? よーし、行ってこーい。
すいっと飛ばした魔力塊がお姉様の肩に当たり「お姉様、ありがとうっ!」と弾む言葉を残して消えていった。私の感情はもはや虚無の領域である。
あー、私の声ってばきゃわいいわー。お姉様が欲しがっちゃうのも納得の天使の声だわねー。はははー。
「……うん。いい。とてもいいわ。次、三連でおねがい」
「はいはい」
お兄様、早く来て。もうお父様でもいいから今すぐに来てお姉様を止めて。
二人の反応が未だ近くにないことを知りつつも、そう願わずにはいられない。
……解放の時は間違いなく近付いている。
だが、その時が来るまでには、あと幾ばくかの時間が必要なようだった。
……これも羞恥に耐える訓練になるかな? なんて。
はは、ははは……。……はぁ。
「――遠くに声を?」
「はい。お母様なんて、私の耳元に声を落としてイタズラをしてきたんですよ」
「耳元に?好きな言葉を?」
「?はい、そういったこともできますね」
ソフィアの受難は、大抵が自分の失言から始まっている。




