新魔法のお披露目
――全ての準備は整った。
お母様の《遠声》よりも汎用性の高い魔法を開発できたし、想定されるお母様との問答も頭に入れた。
今までチクチクと煽られてきた分をやり返しつつも怒りを爆発させないギリギリのラインを狙う事だって、今の私ならきっとできるハズ!
故に、今! いざ! さあお母様に仕返しを!!
……なんて感情は表には出さず、さも「お母様の魔法はやっぱり凄いなぁ……私が真似できるのなんていつになるか分からないよぅ……」というしょげしょげ感をさりげなく放出しつつ、努めて普段通りに食堂へと入室した。
くくく。油断して煽ってきた時がお母様の最期だ。
昨日一日で完成させたことを殊更に強調して、もう二度と私のことを叱れないようにお母様の自尊心をボキボキにへし折ってやるぅ!
あー楽しみだなぁ! 早くお母様に煽られないかなぁ!
お母様に敗北の味を教えてあげたい!!
「おはようございます、お姉様。アネットも、おはよう〜」
おっといけない。楽しみにしすぎたせいか嬉しさが声に乗ってしまった。まあお母様はまだ来てなかったみたいだから結果オーライかな?
食堂にはまだ二人しか来ていないようだった。
全員が揃ってから食べる我が家では、大抵家長を務めるお父様が最後に来る。が、別に必ずしもそうでなければならないと決まっている訳ではないようで、お兄様が最後だったり、お母様が最後だったりする日もある。でも基本的にはいつもお父様が最後だ。
なんでも朝ギリギリまで寝ている時が一番の至福を感じるらしい。
その気持ちも分からないではないが、皆を待たせた上でのあの発言は正直どうかと思った。あれはお母様でなくても叱りたくなるのは当然じゃないかな。
「おはようソフィア。今日も外を走ってきたの?」
「おはよーソフィア! メイプルシロップが届いたらまたなんか作ってね!」
会話を中断して挨拶を返してくれた二人だが、運悪く返事が被ってしまった。
若干声を被せられたお姉様がちらりとアネットを見たが、特に何かを言うことは無かった。ああ、うん。元気な方のアネットなら仕方ないよね。ていうか、ご飯の時は大抵こっちのアネットが表に出てるね。味覚は共有してるらしいけど、やっぱり自分で食べるのとは違うのだろうか。私二重人格の裏側になったことないからそこらへんが分からないんだよね。
それでもアネットに悪気がないことくらいは分かる。
お菓子好きに悪い人なんているわけがないので。
「うん、任せて。何か作ったらちゃんとお裾分けするから期待しててね。それとお姉様。朝の訓練は私の日課ですから、特別なことがない限りは毎日フェルたちと一緒に走ってますよ」
二人共に返事をしながら考える。お姉様の質問の意図はなんだろうかと。
毎朝庭を駆け回るのはお姉様が我が家に居た頃から続けていたことで、もちろんお姉様もそれは承知しているはず。わざわざ聞いてきた意図が読めない。
……ふむん? もしやお姉様も、遂にダイエットの必要性に気付いたとかかな?
結婚して生活が変わって、スタイルの維持が困難になってきたとか? それなら前置きとしての会話と納得もできるけど……んん!? な、なんだとう!?
自身の考えを補強する材料としてお姉様の肉体を軽く調べたところ、スタイルが崩れるどころか更に進化してシュッ、ドゥン! な感じになってた。戦闘力の差に目眩がしそう。
くっ、見るんじゃなかった。てかなんで私だけいつまで経っても幼児体型のままなんだ。魔法でズルしてた罰にしたってそろそろ成長しても良いでしょうよ。同い歳のカイルと話すだけで首が凝りそうになるとかホント冗談じゃないんですよ!!
私も誰か見下ろせる相手が欲しい。
アーサーくんやノアちゃんも既に見下ろすって背丈じゃなくなってきてるし。心折れそう。
あ、心折れそうで思い出した。
「そういえば今日はまだお母様を見掛けてませんね。朝はアイラさんといる事が多い印象だったんですけど……」
日課終わりの時間帯によくアイラさんと花壇辺りを散歩している所を見掛けるのだけど、今日はアイラさんだけだった。
使用人たちに直接指示出ししてる様子もなかったし、ひょっとしてまだ部屋で寝てたり……は、しないだろうなぁ……。
「お母様なら、今日は用事があるとかで朝早くに出掛けていったわよ」
「あ、そうなんですか」
何か面白い事にでもなってたらいいのに。
とか思ってたら、お姉様から予想外の情報が入りました。まさか家にいなかったとは思わなんだ。
……ん? あれ、ってことは、せっかく準備してきたのにお母様を凹ませられないじゃん。
お母様に今日も「そういえば、あれはもう出来たのですか?」なーんて白々しく聞かれると思ったから眠いの我慢してまで頑張ったのに、お母様がいないんじゃ意味ないじゃん。夜更かし損じゃん! なんてこったい!!
お、おのれぇ。お母様ってばどこまで私を弄べば気が済むんだ。あんまりいじめると本気で嫌いになっちゃうぞ!
「ところでお姉様。お姉様はお母様の新しい魔法って知ってます?」
「え、知らない。え? 新しいの? お母様が? ソフィアじゃなくて?」
お母様に騙し討ちができないのは残念だけど、折角だからお姉様にお披露目しようとしたら思ったよりも食いつかれた。そっか、お姉様にはまだだったか。
あれでお茶目なところがあるお母様だ。
きっとお姉様にも私にしたようなイタズラをするつもりだったのだろうが……うふふ。その機会は、私が頂いてしまうことにしよう。
私の新魔法《しゃべる君》の初お披露目はお姉様に決めました! お母様は知らずにお披露目して恥ずかしい目にあえばいいね!!
サプライズを仕掛けたつもりが驚かれず、困った顔で「前にソフィアにもやられたので……」と告白される母の姿を想像し、ひとり悦に浸るソフィアさん。
流石は王都に蔓延る悪意の源!黒い!黒いゾォ!!




