負けられない戦い
――人には、戦わねばならぬ時がある。
無益な争いからはしっぽ巻いて逃げることも厭わない私だが、ヤるとなれば徹底的にやる。相手が泣いてもとことんまでやる。
魂の奥底から「ごめんなさい許して下さい」と言わしめ、二度と反抗する気など起きないよう存分に分からせなければ勝利とは呼べないというのが、表と裏の二面性を上手に使い分けるスーパーかわいいソフィアちゃんの至った結論である。
中途半端いくない。
殺っていいのは、殺られる覚悟のあるやつだけだ――。
なんて、どこぞの漫画か何かで見たセリフほど物騒な思想はしていないけれど。
争うということはつまり、相手とは相容れない何かがあるわけで。
運悪く道がぶつかり合ってしまった時にどちらもが道を譲らなければ、残されるのは、争いの道しかないというのは道理である。
そして今日。
またひとつ、新たな争いの道が生まれて――。
「――その時、私は思ったんだ。『もう気をつかっている場合じゃない。このまま何もしなかったら私はきっと後悔する。これから先、食事の時間が来る度にお母様に煽られるなんて堪えられない――』ってね」
「ふうん、そうなの」
あら、興味無い? でもそうなのですよリンゼちゃん。
折角お兄様と仲睦まじい時を過ごして幸せ幸福良い気分で食事をしていたってのに、あのお母様ってば! なぁ〜にが「そういえばソフィア。魔法の研究は順調ですか?」よ! まだ取り掛かってなかったってのは単に厳然たる事実を述べただけであって、決して言い訳でも言い逃れでもなんでもなくて、あまつさえ負け惜しみなんかじゃ絶対に絶対にないんだからね!?
私が本気出せばあんな魔法なんてちょちょいのちょいでコピーできるわ!! あの勝ち誇った顔、明日の朝にはしょぼくれさせてやるから覚悟しろ!!!
まったくもー……お母様ってば本当に、身の程ってものを知らないんだから。賢者だ魔女だと呼ばれていい気になってたお母様がまた落ち込んじゃうんじゃないかと思って控えてたけど、もー怒った。私の本気を見せてくれよう。
「そういう訳でリンゼちゃん。私はこれから新しい魔法を創るから――」
「分かったわ。しばらく放置しておけばいいのよね」
「お茶だけ置いてってくれると嬉しいです!」
間違ってはいないけど、言い方ァ!!
リンゼちゃんの持つ女神としての見識は新しい魔法を創造する時にはとても参考になるのだけれど、いかんせん、リンゼちゃんの肉体は一般人と変わらない仕様だ。私が放つ不安定な魔力をずっと浴びてると身体に色々な影響が出る。そりゃもう色々な影響が。
寝起きみたいに意識が朦朧とするくらいなら私が得するだけで済むのだけれど、頭痛や吐き気を催させてしまうのは流石に申し訳ない。私の魔法でそれらの影響から守ることも出来るのだけど、リンゼちゃん曰く「ソフィアに魔法を掛けられるのは遠慮したいわね……」とのこと。
普段からリンゼちゃんにイタズラしまくってることをちょっぴり反省した私だった。
「それじゃあ、私は他の仕事をしているわね。何かあれば呼んで頂戴」
「はーい、ありがとね!」
速やかにお茶を準備してくれたリンゼちゃんにお礼を言って、作業を開始。
とはいえ、やることは基本的に模倣に過ぎない。
お母様の使った魔法を細分化して構成が理解できない部分を代替の魔法と置き換える。通して使って、動作や構成に問題が無ければ完成だ。
えーと、お母様の魔法は《遠声》って言ったっけ? 声を保存して遠くで再生する魔法? なるほどなるほど、パーティーの演し物にはぴったりの魔法ですね〜。
魔法を使っていた時のお母様の姿を思い起こしながら、身体を流れる魔力に語りかける。どうか、どうか。私の願いを形にして、と。
指先に集った魔力をとりあえず増幅。
もはや慣れ親しんだ一連の工程を済ませ、大きくなった魔力塊に言葉を篭める。
適当に選んだ言葉は「お母様のアホ」。
失敗したらこの言葉を誰かに聞かれるかもしれないと思うと……突然、身体に武者震いが走った。……うん、武者震いってことにしとこう。これは怯えじゃない、いいね?
――停止。封印。遅滞制御。
絶対に外に漏らせない言葉を閉じ込める。
ふんわりとした命令ではふんわりとした効果しか出ないが、ごく稀にそのふんわり具合が良い仕事をしたりもする。まあ十中八九くらいは失敗するけど、確実に失敗するわけではないというのがポイントだ。
確率がゼロではないのなら。可能性が僅かにでもあるのなら。
それは試行を続けていれさえすれば、いつかは必ず成功するということだから。
「――《解放》」
指先から放った魔力塊を鍵となる言葉で崩壊させる。
《解放》の魔法で《封印》を破壊された魔力塊は、内に閉じ込めていたものを解放させ――。
「……失敗したとき恥ずいから、変なこと言うのやめよ……」
――まあ、一発じゃ成功しませんよね。うん、知ってましたとも。嘘じゃないヨ?
やっぱり声を閉じ込めるってのがどーしても理解しにくい。
かといって電話を参考に仕組みを組めば、それはもはや魔法を使っただけの魔法ではない何かになってしまう気がする。それは私のプライド的に……ちょっと、イヤだ。
……とりあえず、もう少し色々と試してみよう。
「お母様の頑固者」
「ツンデレ大魔王」
「顔だけ美人」
閉じ込める言葉を変えながら、様々な可能性を模索していく。
これだけ真摯に取り組めば、就寝するまでにはきっと、何かしらの成果が得られるだろう――。
ソフィアは母アイリスのことが嫌いな訳ではありません(断言)。
ただ面倒くさくて恐くて可愛いと思っているだけなのです(力強い断言)。




