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愛情入りに勝るものなし


 ――恐れていた事態が起きてしまった。



 想定はしていた。想像もしていた。


 だが心のどこかで「でも私ってお菓子ならなんでも好きだし〜」なんて軽く考えていたのは否定できない。前世では母が「あれはプリンじゃない」と断言していたプチッとプリンだって、普通のプリンとはまた違う別の食べ物だと思えば充分に楽しめたのだから、私ならきっと……という思いがどこかにあった。


 安くてチープなお菓子も、高級で手の込んだお菓子も、私なら等しく愛せる。美味しく食べられる。だから今回も、と油断していた。


 ……至高の味を知った後でも、私なら、普通のお菓子を楽しめるはずだと思ってたのに。


 …………だが現実はどうだい!


「どうしたのソフィアちゃん。なんだか今日は食べるの遅くない?」


「あら、本当ですね。……もしやどこかお加減でも悪いのですか?」


 ――いったい誰に想像できただろうか。


 まさか私がっ……! シャルマさんのお菓子を食べて、イマイチに感じる日が来るなどと……ッ!! 誰に想像が出来たであろうかッッ!!!


 美味しいの。ちゃんと美味しい味のはずなの。


 でもね、不意に比べてしまうというか、どうしても記憶の中にあるものとの違いが気になっちゃうの。「あれ? シャルマさんのお菓子ってこんなだったっけ……?」って感じちゃうのよ。


 口の中で崩した時に、香りの広がりが大人しめだなあとか。砂糖の主張が強いなあとか。ついそんな風に考えちゃうというか、考える余裕があることがもう、格の違いを知らしめているっていうかね。


 ブラッドメイプルで作られたマドレーヌは、口に入れた瞬間に世界が変わった。視界が開けて「世界」という感動が口の中を通して語りかけてくるみたいだった。


 甘い香りだとか優しい甘みだとか、色々な表現で褒め称えることもできるけれど。どれだけの言葉を尽くすよりもただ「ブラッドメイプルは幸福そのもの」と表現するのが、なによりも正しいような。そんな感じだったんだ。


「いえ、身体の調子が悪い訳ではなくて……」


 ――これ完全に依存症だな。


 元の感覚に戻すまでには少し時間がかかりそうだと認識しつつ。

 ここでもまた、この場を凌ぐ為の言い訳を探していた。


「……実は昨日、とても美味しいお菓子を頂いてしまって」


「昨日?」


「今日でした」


 昨日のお菓子でお腹がいっぱいというのは無理があるよね。うん、今日のお菓子でした。今日は見るのがメインであんまり食べてないけど。


「なのであまりお腹は空いてないんです」


 私がそう説明すると、二人は納得したようなしていないような、微妙な表情になった。そしてお互いの顔を確かめた後、


「ソフィアちゃんってお菓子は無限に食べられる人かと思っていたわ」


「まあ、そういうこともありますよね……」


 二人揃って、なんだかあまり信じていないような言葉を返された。解せぬ。


 っていうか、無限に食べられる人なんている訳ないじゃん。ヘレナさんは私をなんだと思ってるんだ。


 ……まあ口に入れるフリしてアイテムボックスに入れたり、胃袋の中身をぎゅぎゅっと圧縮したりすれば、似たようなことはできるかもしれないけどさ。


「そういう訳なので、今日のおやつは少なめで結構ですので」


「あ、やっぱり食べるのね?」


 え、食べちゃダメ? え? いいよね?


 思わず不安も露わにシャルマさんを仰ぎ見れば、くすくすと可愛らしい笑い声に迎えられた。


「ふふ、そんな顔をなさらなくても大丈夫ですよ。ソフィア様の気が済むまでお食べ下さい」


 だよね、良かった。もー、ヘレナさんが変なこと言うからびっくりしたじゃん!


「ではお言葉に甘えて」


 もむもむと。もむもむもむもむと菓子を食う。味わって食う。


 脳裏に味を染み込ませるよう、丹念に味わって……ごくん。うむ、おいちい。問題ない。これは間違いなく、美味しいお菓子だ。


「美味しいです」


「ありがとうございます」


 シャルマさんの笑顔に癒され、脳内での区分けが進んでいく。


 ブラッドメイプルを使ったお菓子は、お菓子ではない。この世の食べ物ではない。天国の食物だ。だから美味しいのは当たり前だ。そして、手に入らないのも当たり前なのだ。


 たまたま口にする機会には恵まれたものの、それは本来、私達が食べるべきものではなかった。


 私達の食べ物はこっち。

 人の愛情入りの、食べる人の好みを考えられた、工夫と経験の味。作った人の感情を感じられるお菓子。これが、私の日常にあるべき味だ。


「もぐもぐもぐもぐ」


「……お腹空いてないんじゃなかったの?」


「今空きました」


「…………そう」


 うん、そうなの。やっぱりシャルマさんの作るお菓子は美味しいね。


「お菓子は愛情入りが一番!」とか言うと、勘違いしたクラスのみんなにまた揶揄(からか)われそうな予感もするけど……うん。美味しいものは美味しいのだから仕方がない。うん。もぐもぐ。



 ――その後もブラッドメイプル入りマドレーヌの記憶を洗い流すようにお菓子を食べまくり、帰る頃には、ちょっぴりお腹が膨らんでしまっていた私だった。


 ……これ、絶対ご飯入らないね?


 …………後で廃棄用アイテムボックスに繋げて軽くしとこ……。


成長の為、肌の老化防止魔法を止めたソフィアは最近お腹周りが気になるご様子。

身長が伸びれば体重も増える。

……だが、身長が伸びなくても、体重は増え――。

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