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天国へ行けるお菓子


 ……カイルのお陰で、ネムちゃんを(なだ)めることは出来た。


 それはいい。よくやった。

 至高のお菓子の食べかけとかいう理解し難い存在を生み出したカイルの行動は、まあ、結果的には、そう悪くはなかったのかもしれない。


 ……でもね?


「いいなー」


「お菓子いいなー」


「ソフィアの手作りお菓子いいないいなー」


「「「いいなー」」」


 …………まあ、人払いもしてない教室であんなやり取りしてればこうなるよね。


 幸いにしてもうお菓子が無いことを理解しているのか、お菓子の要求というよりはからかう色の方が濃いように思う。恐らく「私の手作りお菓子」を「カイルが持っていた」という話が耳に入り、いつものように私達で遊びに来たのだろう。


 とはいえ素直に玩具になってあげる理由もない。


「普通のお菓子ならあるけど……」


「やたー! 流石はソフィア! 愛してるっ!」


 カバンから取り出す振りをしてアイテムボックスに常備してるクッキーを出せば、私を弄ろうとする脅威が早くも一人脱落した。オーバーリアクションでクッキーの入った袋に頬ずりし始めた。実にチョロい。


 だが、残る二人は釣れなかった。どころか思わぬ言葉が返ってきた。


「アンタ、少しは遠慮ってものを……いや、ちょっと待って? 今ソフィア『普通の』って、言ったわよね?」


「言ってた。聞いた。……あっちは愛情入り?」


「違います」


 普通でなければ特別に決まっている。


 だが「女子が男子に贈る()()なお菓子」となれば、なるほど。確かに愛情入りかと疑うのも分かる話だ。


 でも違うからね。


「あれは偶々手に入った材料を使った、実験的な物というか……」


 いうか……なんだろう。続くうまい言葉が思いつかない。


 カイルで人体実験してた? お菓子をぞんざいに食べちゃうカイルを矯正する秘密兵器?


 愛情入りなのかと疑われている中、素直に「幸せのお裾分けだったんだよ」なんて言おうものなら結果は火を見るよりも明らかだと思い、咄嗟に言い訳をしようとしたのだけど失敗した。私に至高のお菓子を(おとし)める発言なんて出来ない……ッ!!


 当然、釈明の途中で不自然に言葉に詰まらせた私には、更なる容疑が掛けられた。


「実験……」


「ああ、そうなの……? 確かに普通じゃないとは思ってたけど、変なクスリを試してたんだ……?」


「試してないよ!?」


 ガチ犯罪の容疑を掛けられてた!? とんだ言い掛かりなんですけどォ!? と予想だにしていなかった解釈のされ方に仰天するも、彼女たちの視線を追えば、そう考えてしまった理由もよく分かった。


 教室を出る前まではいつも通りの受け答えができていたミュラーとカレンちゃんは、私が連れ出して戻ってきて以降、誰とも話していないのにずっと一人で笑っている。


 だらしなく口元を緩め、机に視線を落としたままずーっとにへにへ笑っている様は、明らかにいつもとは様子が異なる。至高のお菓子を食べた余韻に浸っているのだとあらかじめ知っていなければ、変なクスリでもキメたのかと疑われても仕方の無い光景だと私も思う。


 ……いくら本人は幸せそうだとはいえ、この光景はちょっと不気味だよね。


 もちろん二人がこうなった原因を知ってる私からすれば、むしろ天国を体験した人間の反応として二人の反応は真っ当なものであると分かるのだけど。それでもこう、二人揃ってってのはちょっと、不思議ワールドが形成されているというか。ちょっと近寄り難い雰囲気があるというか。……ちょっとだけね?


 そんな二人がいる中で、今度はカイルからお菓子を譲り受けたネムちゃんまでもが同じ症状に陥っているのだから笑えない。


「あれを食べた人はね、少しの間だけ天国に行ってるんだよ」なんてメルヘン地味た真実より、「お菓子の中にトリップするクスリを混ぜてみたんだー」と言われた方がよほど信憑性はあるだろう。が、私はそんな事はしていない。私がしたことは、お菓子に天国へトリップできる妙薬を混ぜ込んだだけだ。


 …………あれ? 実は私、知らない間にクスリに手を……?

 いやブラッドメイプルは合法的な……いや、違法薬物とか知らないけども……。


 うん? あれ??


「あ、違うの?」


「私はソフィアのこと信じてたよ! こんなに美味しいお菓子をくれるソフィアは他人を実験台になんてしないって! するとしてもカイルくんだけだよね!」


「信頼の証」


「いやそれ信頼じゃねーだろ」


 思考が危ない結論に辿りつこうとしていたところ、現実世界が何だか賑やかなことになっていた。カイルが参戦して……ふむふむ、私との仲を否定しているところね。よーし、それなら……。


「いや、カイルの舌は信頼してるよ。でもやっぱり男子の味覚とは合わないことも多くてさ。良かったらみんなも、今度作ってくるお菓子の味見を――」


「! する!」


「味見なら任せて!」


「いや、あんたたち……まあ確かにソフィアの作るお菓子は美味しいけどさあ」


 よし、話題逸らし成功。

 後は適当に作るお菓子の相談でもしてれば、カイルとの仲を追及されることはないでしょ。


 ……それにしても、天国へ行けるお菓子、か。我ながら良い表現したね。


 ブラッドメイプルの再入手が難しそうな以上、なんとかお菓子作りのレベルを上げないと全てのお菓子が無味に感じてしまいかねない。


 天国までは行けなくても、せめて「天にも昇りそうな気持ち」になれるお菓子を作れるようにならないとね。


「……女子って太るのとか気にしてるくせに、菓子食いながらよく次食べる菓子の話とかしてるよな……」


カイルくん。その呟き、ソフィアさんには聞こえてますよ。

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