ここに宣言します!
とても悩みました。
すっごくすっごく悩みました。
あれだけ美味しいブラッドメイプルをカラメル代わりに掛けたプリンなら、無知なる味蕾を開花させ、幸福の花が咲き乱れる新たな世界へと私を誘うことさえ容易だろう。
それに王道のパンケーキも忘れちゃいけない。
あつあつふかふかパンケーキの上にブラッドメイプルをとろりと垂らせば、生きたまま極楽浄土を拝むことだって可能かもしれない。
どの様に使っても間違いなく極上の品を生み出すこの逸品を、果たしてどのように利用するのが最善なのか。
人生で一番頭を悩ませたと言っても過言ではない時を経て、私が導き出した結論とは――。
「結局焼き菓子の生地に混ぜ込むことにしました」
「そうなの? 楽しみね〜」
夕食の席で、意を決して万感の覚悟を持って話したとゆーのに、お姉様からはめちゃくちゃ軽い返事が来ました。もっと心底楽しみにして?
人によって嗜好が違うのは当然とはいえ、私が断腸の思いで公平に分配することを決めたブラッドメイプル入りスイーツをこうも軽く扱われては覚悟が揺らぐ。即ち「より美味しく食べられる人がより多くを食べるべきなのではないか」という、一度は棄却した考えの再燃だ。
……いやいや。その悪魔の発想は却下したはず。だからこそ取り返しのつかないこの夕食の席で話すことを決めたんじゃないか。
お母様やリンゼちゃんだけじゃなくて、お父様や使用人の皆にもこの幸福を分けるために。一人分の最大幸福を減らしてでも皆にも幸福のお裾分けをしたいと思ったからこそ、氾濫する欲望を抑制してまでこの結論に至ったんじゃないか。
私ほど真摯にブラッドメイプルを使ったお菓子を味わう覚悟を定めている人はいないのかもしれないが、美味しいお菓子は、誰が食べたって美味しいものだ。そこに貴賎は存在しない。
……それに、そもそもお姉様がブラッドメイプルを提供してくれなかったら私には味わうことすら出来なかったんだからね。文句を言えるような立場じゃないんです、私。
お姉様には感謝こそすれ、楽しみの仕方ひとつで口煩く文句を言うような理由もない。楽しみにしてくれると言うのなら、それだけで十分なのである。
「ええ、きっと美味しく作りますから、楽しみにしててくださいね」
大体私って、相手に直接文句を言うよりは黙って見返してやりたいと思うタイプなのよね。
お姉様が普通のお菓子を食べる時と同じような軽い気持ちでブラッドメイプル入りお菓子を口に入れたら「えっ? うそ? ブラッドメイプルを使っただけでこんなに美味しくなるの!?」とびっくりするくらいのものを作っちゃうんだからね。見てろよ見てろよ〜。
お姉様の驚く顔を想像しながら、ひとりニマニマしていると。
「ああ、ソフィアの料理は久々だからな。父さんも楽しみにしてるぞ?」
お姉様が一時的に帰ってきたことで最近はすっかりご機嫌モードなお父様が、ニコニコ笑顔を向けてきた。
ふむん? どうやらお父様はブラッドメイプルの希少性についてご存知ないらしい。私が作るということの方に価値を認めているとは……やれやれ。
無知とは本当に、恐ろしいことだね。
たかがお菓子。されどお菓子。
一度ブラッドメイプル入りのお菓子を口にしてしまえば、以後口にする全てのお菓子がどこか物足りなく感じてしまう……。何を食べても、誰と食べても、「あの時のお菓子の方が美味しかったな……」と、常に満たされない感覚に支配される。
そんな恐ろしい可能性すら秘めた、後の人生をも左右しかねない影響力を持った材料こそがブラッドメイプルであるのだと、お父様は全く理解していない。
現に私もね。ごはん食べてる最中もずっと「ブラッドメイプル美味しかったなあ……」って考えてるからね。丁度このステーキのソースにも合いそうなのよね、とか考えちゃうんだ。思考が止まらないのよ。
……うん、これはもうダメだね。しばらくは何してても頭の中にブラッドメイプルが居座ってそう。こんな状態じゃお母様の魔法の真似っことかやってらんないよね。
まあお披露目されたその日のうちに「出来ました! お母様の魔法の改良版です!!」とかやったら普通に拗ねられそうだから、それは別にいいんだけど。問題なのはこの勝手に流れちゃう思考の方でね。
正直なところ、部屋でひと舐めした後に何度「もう一口くらいなら……」と考えたかしれない。フェルがエッテと共にまとわりついて虎視眈々とチャンスを窺っていなかったらもう二、三回は舐めちゃってた自信がある。自分の様子を客観視すると唐突に冷静になるよね。フェルの期待に満ちた目はいつまで続くことやら。
……いや、でもね。フェルの気持ちも分かるんだわ。
本当にすごいのよ。魅力が。誘惑が!!
……まあ、勝手に魅了されて誘惑されてるだけって言われたらその通りとしかいい様にないんだけどね。お菓子好きならみんな掛かるんじゃないかな、この魅惑魔法。
「ええ、期待してて下さい」
試しにお父様の顔をブラッドメイプルの瓶に見立ててみたら、思った以上に視線に熱が篭ってしまった。……これはナシだな。
ともかく、何を作るか公言した事により、私が更なる味見を試みる余裕は消失した。
後は極上の焼き菓子を仕上げ、皆に幸福を配るだけだ。
ふと気づいた時、「もう一回味見を……」と考えてしまう自分が一線を越えないように、予防線を張りました。
意志の力だけでは耐えられなかったようです。




